2018/06/17 (Sun) その(九)

寿命の長さに、優劣がないのは
もちろん

逝き様にも、優劣はないと思う。



だが、残された我は勝手な
ストーリーをつくってしまう。



五年ものあいだ闘病していたとはいえ
(いっときは、もう大丈夫そうの時期も
あったのではないかな、と推測)

さいご、抱えていた病気の末期
というよりは

感染症で、あっけなく逝ってしまった。

「急性」といえるのかもしれないし
抱えていた病のそれなりのさいご
だったのかもしれない。

まったく身勝手な見方なのだけど
重篤な状態で長期にわたって苦しむことなく
旅立ったのは

それはそれで、神様の
はからいだったのではないだろうか。



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2018/06/17 (Sun) その(八)

彼女の旅立ち、それから、わたしの
超個人的な懺悔の気持ちは
ひとまずおいておき

「親」というものを、痛烈に
見せられた、二日間であった。



ほんとうに、子は
いくつになっても子なのだね
という

文字にしてしまえば、それ以上の
説明のいらない事実。



彼女は生涯未婚で、そして
遠い昔、彼女の兄上も亡くされている

老いたご両親。

ある人がご両親の悲しみを見ていられない
と口にしていたが、それはその場にいる
全員の思いだっただろう。



もし、彼女に、子がいたら
なんら彼女が居なくなったことの
慰めにはならないとしても

一筋の希望として、残されたご両親の
救いに寄与した可能性がある
という架空のストーリー。

(死んでまで、こんな価値観がまとわり
つくのだから、人間って、厄介な生き物だ)



遺影を選ぶためだろう、ご両親が
彼女のアルバムから男性と二人で映る
(どこか旅行先かしら、ともに穏やかで
たのしそうな顔をした)写真を発見したらしく

それを、会場に飾っておられた。

そして、お父上が「あんな相手がいたんだっ」と
とてもとても嬉しそうにしていたのが
印象的だった。

(相手が誰で、どんなお付き合いをしていたのかも
不明のまま、飾ったそうな。お母上は落ち着いたら
「知っているかもしれない」人に連絡をとってみる
つもりと仰っていた)

あー、親って、・・・。

(自分の身に置き換えて
これまで書いてきたこととは
まったく違った意味で、つらい)



お骨を待っているあいだ、お母上が
親戚のことなんてまったく目に入らぬ様子で

終始、我々高校時代からの友人の輪に参加して
すごくたのしそうにお喋りして、それなりに食べて

その姿が、お母上の気持ちを
モウレツに語っていた。

娘のいた時間を、娘の友人と語ることで
束の間、かなしみと距離を置けるのだろう。



(書いていて気づいたが、わたしも父を亡くしたとき
まったく同様であった。生前の父を、父が入院している
時間も含めて、「とにかく生きているときの父」を、思い出して
語るあいだ、&ひとりでいるときも「とにかく生きているときの
父を思い出しているあいだ」だけが、唯一
途方もない精神状態から、少し離れていられたのだ)



彼女の話に戻る。

病気が分かってから、月に一回
家族で食事に出かけていたこと・・・

療養中も、母が出かけているときは
父の食事などを作っていたこと・・・

入院中(亡くなる数日前か?)
留守番している老父を案じて
母に「家に帰って」と言っていたこと・・・

一人で通院していたことからしても
彼女が、年老いた両親のことを
どれだけ思いやりながら、闘病していたか
改めて知り、あたまが下がる(どころではなく
今更ながら、彼女の生き様を発見し
その尊さを知る)。



ただ、亡くなる前の日だったか
「もうだめかもしれない」と、母上に漏らしていた
という。

「がんばるんでしょ」っと母上が言ったら
「うん。だけど、こんなに、だるくて・・・」と
返事があったと・・・。

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2018/06/17 (Sun) その(七)

同級生といっても、誕生日からすると
彼女はわたしよりも一歳近く若い。

これまで、少なくない数の葬儀に
参列してきたけれど

自分よりも歳若い人の葬儀は
うまれてはじめてのことだ。

肉親の死とは全く違う意味があるのは
もちろんであるが、年長の近親者の死には
なかった類のショックはある。



ニュースなどで、若い人の死を知っても
それは他人事であり

自分も、周囲も、それなりに
年老いていくのだろうという、ばくぜんとした
見立てをして、ふだんのわたしは生きていて

でも、その見立ては、100%の思い込み

なのだよ、という、突きつけ。



死と生は、目には見えにくくても
それはつながっている世界なのだ

ということを、疑いようなく、ふだんの
わたしは位置づけていても

いざ、こういうことに直面すると

断絶しか、感じられない。
(少なくとも、今は)。


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2018/06/17 (Sun) その(六)

6月9日(土)

お葬式。

「行きたくない」と思っていた。

だって、お葬式まで参列しちゃうと
顔を見なくちゃいけないもん。

お棺のなかを見たら、現実を
受け入れなくちゃならないもん。

もう、この世にはいないということ。

それから、闘病の跡を見つけては
わたしはますます
取り返しの付かない時間を突きつけられる。



息をひきとった日、自宅まで弔いに行った
という友人は、「ぜんぜん変わってないよ。
まんま、だよ。きれいな顔をしているよ」と
言ってくれていたけど

わたしは「まんま、だよね」と
大人の心の処理をできなかった。

笑ったり、怒ったり、冗談を言う
彼女のキャラクターは欠片もなくて

残された者たちの想いと、献花だけが
亡骸にそそがれた。



ひょんなことから
お骨を拾い、初七日の法要まで
末席につかせてもらうことに。

(お葬式に行かなければ喪失の現実から
少しは逃避できるのではないかと思ったけど
これでよかったのかもしれない。

ずっとあとになり、さいごまで見送ることが
できたことに感謝するかも。いや、きっと感謝する)


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2018/06/17 (Sun) その(五)

6月8日(金)

お通夜に参列。

彼女と親しくしていた友人から
話を聞いたり、喪主の挨拶から
彼女のがんばりを知る。

独身である彼女は、自分で運転し
ひとりで治療に通っていたという。

一時休職したこともあったが
復帰を果たし、先の豪雪も休むことなく
仕事をしていた。

病気の発覚した直後は人を
避ける時期もあったようだが、その後は
明るく周囲とも付き合っていた。

さいごの定期治療に通う前は、仕事のことを
整理して、衣替えもして、家を出て行ったとの話。

頭が下がる。しかない。

「かわいそう」なんて感情はわいてこず
立派な生き方(=立派な死に方)だったなーと。



行きはタクシー、帰りはCちゃんに
家まで送ってもらう。

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2018/06/17 (Sun) その(四)

しかし、こうも思う。

仮に彼女の病気を知っていたら
わたしの態度が変わっただろうか?

変わった可能性は「大」だ。



相手の置かれた状況を知っていたら
あんなムゲな態度をとれなかったろうし
(彼女のメールに返事をしないことすらあった)

彼女との時間を大事に過ごそうとしただろう。

でも、それって・・・

おかしくないか。

相手の状況(へー、病気なんだって。
闘病しているんだって。労わらなくちゃね)を
利用しているようでもあり

そこに
ドラマチックなものを背負っている人間への
好奇心のようなものが隠れていないか。



後悔の残るかたちになっても

「条件のない彼女
(病気だという背景のない彼女)」に

わたしは接したのだ、という事実は

なんの足しにもならないが

唯一の言い訳にはなりそうだ。

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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

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