2008.12.30

ぐにゃぐにゃぐにゃ

これはわたしのオリジナルな発想でなく、先達たちも似たようなことを云っておられるが、これを認めたときからすっぽりとこれはわたしのなかの安定した位置におさまってきた。

   仏教は宗教の枠を超えている。

   禅は宗教でなく、生き方なんだ。

なのに、最近、ぐにゃぐにゃぐにゃと、これを認める自信が揺らいでいる。

思い当たるいくつかの理由はある。お経をありがたがるのって結局は宗教じゃないのー(誰だったか忘れたが、「経典も寺も燃やしてしまえ〜」と云った故人(著名な日本人)がいたそうな。「自分の心のなかに確固たる信心があるから」の理由で。そこまで云えると気持ちいい!)とか、禅寺の高名な住職の「悟りをあきらめている」ようにも受け止められる発言を聞き、ショックを受けたとか etc。

漠然と仏教に興味を持つようになったこの半年余り、凹む材料もいくつかあったのだけれど、それにもメゲず、曇りなく、かなり素直に受け入れてきた(←わたしには珍しい)世界に対して、今、疑いの概念だけが独り歩きして(重箱の隅をつつくように!)、わたしの気持ちが折れ曲がりそうになっているのだ。

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