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今の心境(長いです)2018秋

北陸Uターンして、十余年。

ほぼ実家に滞在しながらも
精神的には浮雲的なものを残し
のらりくらりやってきました。

日記の神様、わたしの話を聞いておくれ。

 *   *   *

これまで(このマンションを購入する前から)
「一人暮らしを終えて、実家に入る」ことを
数え切れないくらい考えてきたけれど
結論の出ないまま・・・今日にいたる。

そして過月から
マンションの売却を現実的に検討する
アクションに入った。



今の母の様子からして
「独り暮らしは難しい」状態だろう。

(実際のところ、とうに独り暮らしはしてないけど。
でも住民票上は単身世帯になっているし、母もわたしも
対外的には「老母単身」ポーズをとっているのだ。

以前は母を実家にのこし、連続4~5日くらい
わたしがセカンドハウスで過ごすこともあったが
この頃はそれも厳しい)



理屈では「実家に完全に入る」ことが
よかろうと分かっていても、・・・母は安心するし
経済的にもうんとお得だ。周囲にもさんざん言われて
いるし・・・

それは想像するだけで
窒息しそうな精神状態になる。

今は、月に1~2泊の滞在であれ
「ひとり宅」がある、実家のほかにも
自分の居場所があるということが

心の最低限の支えになっている

という話は、わたしの周囲では
誰一人分かってくれる人はいないだろう。



住まない家を維持して
精神の健康を買っている
(とてもとても贅沢な話)

これがムダな出費とは、わたしには
思えない。

もし、居場所が実家しかなければ
わたしは気持ちの持っていきようがなく

老親を虐待してしまうかもしれないし
(虐待は、肉体的暴力だけじゃない。
言葉や態度も場合によっては虐待の手段)

自分で自分を追い詰めてしまうかもしれない。

とりわけ、ひきこもり体質の
「車がなければ生活できない」と言われるような田舎で
車を運転しない身

「ひとり宅」を失くしてしまったら
わたしはどうなってしまうのだろう・・・という恐怖。

(今は「ひとり宅」があり、住民票もそこにおいて
処々用事があり、最低でも月一回は、実家を離れる
時間を確保している)

(もし、そういった処々用事で実家を離れなければ
わたしの日常は半径数百メートル、ごくたまの所用で
自転車に乗って、せいぜい数キロの外出しかしなくなるだろう)

(行っても行っても田園地帯という土地に篭り、毎日
親の昔ばなしを繰り返し聞き、田舎の価値観に囲まれ
精神が狂うのでは? と、まじめに心配)

そして、そのうち
「母が死んでくれたら、自由になれるのに」
そういう気持ちでいっぱいになる日が
くるやもしれぬ。



この何年も、「ひとり宅を維持するお金で
毎月旅行すればいい。それなら実家に入る
気持ちの負担を補える」なんて妄想を繰り返してきて

今だって、軽く、そういう気持ちはある。

加えて最近は、(どんどん訓練したんだよ。
田舎に身を置くことを。だから、まだ完全ではないけど
かつてほど、実家生活を嫌悪してはいない)

「実家に入ったら入ったで
あたらしい世界が見えてくるかもしれないなー」
の発想も芽生えてはきた。



ちなみに、便宜上「田舎」と書いているけれど
わたしは「田舎的な空間」を嫌っているのではない。

わたしが忌み嫌っているのは、「故郷」なのだ。

(親への恩、親戚や地域の人々への感謝を思えば
わたしが実家や故郷を好きになれないのは
わたしのニンゲン的な欠陥ともいえるかも)



この夏は、猛暑の心配もあり
ひとり宅の滞在も、ほぼトンボ帰り
(最低限の用を済ますプラスα)であったけど

先月から、ちょっと滞在日数を増やしている。
(といっても、二泊くらい。今回は三泊いけるかな)

前回の滞在時、あらためて
「呼吸する」場所が必要と思った。

(故郷ではうまく呼吸ができていない?
セカンドハウスはわたしにとって、呼吸器官?)

今回、「やはり一人になれる空間が必要だ」
の思いを重ねる。

(実家ではただ流されるだけ。ほっとしたり
ゆっくりモノゴトを考えたり、モノゴトを考える
段階に至るための準備時間が欲しい)



「いい大人が甘えたこと言っているな」
と、世間的な突っ込みを入れたくなる
自分がいないわけではない。

世の中には、好きでもない実家に戻り
四六時中の三百六十五日の介護をして
いらっしゃる方は、大勢いよう。

就業や家族の世話でプライベートな時間も
空間もほとんどないわん! というのが
同世代の平均的な姿かもしれない。

でも、わたしはわたしだ。



頭は、何年も、堂々めぐり。

特に、今年に入っては
親の健康寿命のタイムリミットがかかり
「どうしよう」の本格度が増している
はずなんだけど

決断に至らない。

(むしろ、不動産屋にも声をかけた今
「考える」ゾーンに至ることを避けている
現実から目を背けている自分がいる?)

現実との対峙がこわいのだろう。



どこかで決断しなくてはいけない。

いつまでも、ずるずる・・・というわけには
いかない。

(いや、ずるずるしようと思えばできるか)

まあ、このマンションは、いずれ手放すつもりで
引越したのだし、引越した当初はリフォームに
精を出していたけど、もうその気力はないし

なにより、色々と相性がよくないことが
分かったので、早く引越したほうがいい
との心の声も。



もんだいは、ここを引き払ったあと
どうするか。身の振り方だ。

すべてを整理して、完全に実家に入るか・・・。

大方の荷物を実家に移して、1Rくらいの
安い賃貸を確保するか。(気持ちの猶予期間として
一年とか二年くらいをメドに、まずは)



先ほど、気づいたのだけど
十余年前、父の寿命を告げられて
「父のそばにいなくては」と思いつつも
当時の生活拠点を離れる決断がなかなか下せず
その裏には実家に入る勇気もなかったのだろう
(それでも親の寿命は待ってくれないので
短期に決断せざるを得なかった)

自分のなかに見つけた妥協案が
実家とは別の場所に「わたしの家」を
確保することだった。

そのとき、たまたま浮かんだ候補の街
金沢にふらっとアパートを探しに来て
その後、住民票を移して、実家と金沢を
行き来しつつ、父は医師の宣告の三倍くらい
長生きしてくれて、・・・・・・月日は流れ
「残った親を看取るまではこの北陸にいよう」の覚悟ができて
そして今のひとり宅に引越して、でも、もう
ほとんどそのひとり宅にいる余裕もなくなって

今は贅沢な「身の振り方」に悩んでいる。

(いろんな意味で贅沢。セカンドハウスをもてることも
そうだし、親の面倒を看れる時間があるのもそうだし
そもそも親が生きていること自体が贅沢)



父が亡くなる前に入院していた頃
(始発から最終バスまで付き添っていた)
わたしはわざわざ病院を抜け出して
外のお店で昼ごはんをとることがあった。

それを知り、父の病状がわるくない
と思っていた人もいたようだが
逆なんだよね。

あのとき、わたしはわたしの精神をまもるために
(せめてもの息抜きの時間。意識的ではなく、本能的に)
あえて外食をしていたのだ。

今日、そのことを思い出したよ。

そして、来る、母のますますの老化に
対峙するために

(母の生活の質を上げることや
健康維持のために、やるべきことは
いろいろあるわけだが、それとは別に)

わたしはわたしの心身の健康を
守るため、努力をしなければいけない

ほうっておいたら流されてしまう日々
わたしは意識的に、わたしの心身を
大切にする時間をもたなくてはいけない

そう気づいた。

(身の振り方の結論は出ていないが
いずれにせよ、意識して努力しないと
日常に流されるだけ。

前から「遊ばなきゃ」などとは思っていたが
それはどちらかというと、母との生活で辛いことがあると
「実家にしばりつけられた、かわいそうな自分」という
トンチンカンな悲観をしてしまいがちなので
それを避けるために、「少しは好きなことをして」という
自分なりの配慮だったのだな。

しかし、遊ぶのも、けっこう面倒なのよね。
出不精な身には。

これからは、今までの「遊ばなきゃ」理由に加え

自分の精神をすこしでも健康にしておくためにも
意識して積極的に、・・・月に一回、最低、街をぶらぶらする
程度でもよいから・・・「遊ばなきゃ」と思うのだ。


2018年11月4日の深夜の記

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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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