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京都は洗練されたアジアだったの巻

京都は洗練されたアジアだった 一日京都 備忘録

5日間ほど、ある方のもとでお世話になり、早朝、M奈さんにJRの駅まで送ってもらう。■さて、まっすぐ北陸に戻るぞ、のつもりでいたが、ホームにてぼぉっとしていたら、目のまん前に停車した電車に乗りそびれてしまった。(正確にいえば、しばらくたってから、「あれ、今、電車が来たよな」と思い出し、「そういえば、同じホームにいる人々が、その電車に乗りこんでいく光景を我はぼぉっと眺めていたよな」と気づいたのである)。むむむ。次の敦賀方面に向かう電車まで1時間ある。どうすっぺ。■結局、ホームでこのままぽぉと時間を過ごすより、まもなく到着するらしい(北陸に向かうのとは反対の)電車に乗って、テキトウな駅で引き返そう・・・と、人気(ひとけ)ある向かいのホームに移り、そこに到着した電車に乗車。■おお、空いてますなぁ。どうやら、この電車は各駅停車で乗る人が少ないらしい。(みなさんは快速電車を待ってたのね)。琵琶湖を眺めながら、ぼんやり。「走っても、走っても」琵琶湖が見える。さすが湖西線というだけある。この数日、ずっと山のなかにいたので、この光景はひときわ新鮮だ。■別れ際に思いがけずいただいた、M奈さん手製の弁当を開けると、「ああ、おいしそう」。2種類のおむすびと、卵焼きと、野菜のおかず。お茶(自家製ブレンド茶)もある。まったく有り難い。■このお弁当、食べていて、涙が出そうになった。実はこの5日間のあいだ(5泊6日)、落ち込んだり、残念だったり、最後にはいたたまれない気持ちになっていた。それが、このお弁当を食べて、癒されるといったら、安易な表現だけど、普遍的な愛情を感じたといおうか、救われる気持ちになったのだ。青森の佐藤初女さん(=おむすびで人を癒すという)、彼女のことは人様の書いた文章のうえでしか知らないけれど、わたしはM奈さんのお弁当を食べて、初女さんのことを思い出した。■さてさて、この電車、京都・大阪方面まで行くらしい。ま、時間はあるし、この際、「京都まで乗ってみっぺ」。■朝8時頃、京都駅に到着。「せっかくだから、珈琲でも飲もう」と、駅をうろうろするが、小さな売店しか見あたらない。うーん。京都駅って、こんな小さかったっけ? 「乗車券は買い足さない(つまり京都駅の外には出ない)」つもりのわたしはガクっ。「しょうないな、このまま茶の一杯も飲まず、北陸方面にまっすぐ戻るか。いやいや、いっそ、大阪駅まで出たら、駅の改札くぐらなくとも喫茶店があるのでは?」と思いながら、ホームに戻る。■すると、ぱわわわわ~ん、頭のなかに突如、豆電球が灯りました。「先にわたしは、ホームから階段を下ったところにある改札周辺をうろうろしていたが、もしや、今、目の前に見える、昇り階段を昇ったら、そこは違う様相になっているのでは?(たとえば上野駅のように!)」。■そして、その勘はズバリ的中。京都駅がこんな小さいわけがないのだ。案の定、ホームより高いフロアには、改札をくぐらずとも、喫茶店がありましたわい。満足顔でホット珈琲を味わう。■しかし、しかし、そのうち、「せっかく京都まで来たのだから、駅前くらい散歩したいものよのぉ」の気持ちが湧いてくる。・・・・しばし逡巡ののち、エイッと、切符を買い足して、改札の外へ。すでに、9時頃となっていた。■あちい、あちいのぉ。ほとんど夏といっていいような日差し。あてもなく京都駅の外に出たわけだけど、せっかくならば、ご縁のあるお寺を訪ねようと、駅でもらった地図を片手に歩き出す。■まずは東本願寺。(←父方のお寺)。そして西本願寺。(←母方のお寺)。どちらも浄土真宗のお寺である。そう、わたしは南無阿弥陀仏がしみこんだ土地に生まれ育ったのさ。しかし、いやぁ、「老人のテーマパーク?」といいたくなるような雰囲気が、どちらのお寺にもありましたわい。きっと、ある程度お年をとって、なにか精神的な補いを欲しくなった人たちは、こういうところを訪ねるのだろうなぁ。そして、「帰敬式」(おかみそり)をしたり、戒名をもらったり、あるいはただお参りするだけの人もいようが、とにかく、どちらの寺も、外国人と老人が多かった。(西本願寺なんて、寺の構内に団体客用の宿泊所がある!)。■残念だったのは、親鸞聖人の大法要(2011年)に向け、お堂の大修復が行われている最中で、東本願寺も、西本願寺も、お参り・見学が制限されていたことである。■そうそう、話は戻るが、駅から東本願寺までの途中、「文子(あやこ)天満宮」なる名前の看板を見つけ、そこにも寄ったのであった。同じ名前の友人がおり、「どんなところか」のぞいてみたのである。が、これ、しかし、「天神信仰の発祥の神社」とあったが、ちょっとあやしげな宮であったなぁ。■さて、西本願寺の唐門を見て、ちょうど昼近く。地図を広げると、はじっこに「中央卸売り市場」とある。んー。行ってみっぺか。てくてく。てくてく。方向音痴のわたしも、京都の町は歩きやすい。てくてく。てくてく。途中、肉屋の前で「日本一 コロッケ」なる看板を発見。うむ、放ってはおけない。足が止まる。待つこと、3分。揚げたてコロッケをほうばりながら、またテクテク。(日本一かどうかは分からんが、近年食べたコロッケのなかでは一番の美味しさであった)。■やがて辿りついた中央卸売り市場。残念ながら一般客は入れんような雰囲気(ま、それは承知のうえだ。早朝ならば、活気のどさくさに紛れ、入れただろう。第一、昼の市場なんて見てもつまらんだろう)である。市場の魅力のひとつは、市場周辺の食堂にある、というのが、わたしの持論。那覇にしても、築地にしても、市場の内外の食堂がいいんだよね。ふふふ、確かに、ここ京都の市場の近くにも、期待したほどの数ではないけれど、いくつか入ってみたいお店がありました。けれど、なんということでしょう、電車のなかでお弁当を堪能し、また、つい先ほど食したコロッケのため、お腹は満杯。とてもとても残念だ。横目で食堂のメニューを眺めながら、いずれの店も通り過ぎる。■「京都は、洗練されたアジアだなぁ」が、この日、京都を歩いた、一番の感想である。広くはない台の上に中華・そば・うどんの生麺を並べ、その向こうでのんびーり、くつろぎポーズのおじさん。果物屋さんも、その陳列が、なんともアジアを思い出す。そしてその奥にいる商売人の顔がなんともいいのだ。花屋さんも、同じく、である。市場に沿った大通りを歩いるだけで、「日差しが夏のよう」作用も手伝ってか、わたしは洗練されたアジアの町を歩いている気分になった。その後、東寺に向かう途中、狭いところに干された洗濯物を見ては、「あ、アジア」、アイスクリームを買おうと入ったお茶屋さんにて、想像したのと違う品だったので買うのを止めてしまったが、そのときの「いいのいいのよ」という店の老美女の微笑みがなんともアジア。しかも、上品に洗練されたアジア。ふうっ。なぜ、こんな思いに包まれたのか不明だが、「ここは日本の古都」というよりも、わたしのなかでは「洗練されたアジア」なのだ。■東寺はすばらしく、3時間余いたのではないか。それはもちろん、金ピカピカの素晴らしさ、というのではなく、密教の教えが、かたちとなって現れた、その素晴らしさ、もっといえば、教えそのものの素晴らしさなのだと思う。■帰りがけ、大きな八重桜の前で、立て看板を読んでいたら、そばに来たジイ様が、突然、でっかい音を鳴らし、鼻をチーンとかんだのには、びっくらこいた。そして、笑ってしまった。ジイ様と同行の方たちも、大笑い。しかし、このジイ様は「何が可笑しいのか」さっぱり分からぬ様子。そのあと笑い声を残しながら去っていく同行者(たぶん妻と娘)とジイ様の後姿を見ていたら、ぽろぽろぽろと泣けてしまった。ジイ様のマイペースな老人ぶりが、我がジイさんに重なったのである。肉体をもつお父さんにはもう会えないんだ。あんなふうに一緒に歩くこともありえない。肉体をもったお父さんに会いたいなぁ。■東寺の近くのスーパーに寄り、ビールとつまみを購入。その後、バスに乗って、鴨川近くまで移動。そしてテクテクと徒歩で鴨川へ。ほんと、普段は方向音痴しまくり人間が、京都ではほとんど迷わず、目的地へ行ける。やったぜ。■鴨川は生まれて初めて見たと思うが、「なんだ、浅い川だな」の印象。そして、「鴨川→京都の象徴のひとつ」という俄かスリコミがあったのだけど、正直、「思ったほどでないな。これなら、金沢の犀川のほうが、数段、素晴らしいのでは」の感想。■とはいえ、せっかくビール持参でやってきたのだから、京都旅の慰労会というか、一人打ち上げを敢行すべく、河原のわきの階段に腰掛ける。プシュ、ゴクゴク。ビールさん、ありがとう。朝の9時から、夏のような日差しのもとを、休憩なしに、ほとんどずっと歩き回り、しかも、でかいリュックをしょったままだったのだから、体は相当に疲れている。(東寺に向かう途中で、実はもう「歩けましぇ~ん」状態であったのだけど、手ごろな休憩所が見つからず、そのまま東寺に行ったのさ。すると、すると、東寺の魅力が足の痛さに勝り、東寺にいる間は足の痛みをなんとか半分くらい忘れていた!)。■この時点でたしか、夕の4時頃。時刻表をめくり、調べると、「京都 18時51分発」の電車に乗れば、今夜中に金沢まで辿りつけるらしい。(各駅停車を乗り継いでの話ね。特急ならば、もっと遅い時間でもOKだろう)。ふーむ、あと3時間ほどはあるのね。のんびりとビールを飲む。■川の所々には、機械による草刈り労働の人たちがいて、ちょうどわたしの近くにも、草刈りの青年がやってきたので、「鴨川って、ほかの場所もこんなに浅いの?」と聞いてみたら、「そう、そう」という返事であった。今わたしが歩いてきた辺りがたまたま浅いのかとも思ったが、そうか、全般に鴨川って浅いのか。(いや、しかし、あまりの浅さにこの説は信じきれんな)。帰りがけ、この青年の相棒の中年男性に「おつかれさま」と声をかけたら、「ありがとう。いい旅を」の言葉が日焼け笑顔で返ってきた。■そのまま河原沿いを歩いていたら、なんとなく浮浪生活者っぽい雰囲気もあるおじさんが、川に網を突っ込んでいる。てっきり「魚釣り」かと思い、「なにが釣れるんですか?」と聞いたら、いやいや、魚釣りではなくて、川の掃除をしているそうな。「ついでやから」とも、おじさん。しかし、なんのついでなんだろう? ようわからんだ。「あっちのほう、エビおる」とのおじさんの言葉を頼りに、あっちのほうにも行ってみたが、エビはまったく発見できず。どうでもいいが、なんか、気になるおじさんであった。■京都駅を発つまでの残り時間、「軽く一杯」と思い、駅の近くまで行ってみるが、たまたま目にはいったのは「京都タワーの地下にある、お風呂」の看板であった。軽く一杯もいいが、お風呂も魅力的。これはほとんど迷わず、お風呂に決定さ。■京都のお風呂って熱いのね。東京の銭湯に負けないくらいの熱さ。たぶんこの数日の疲れが積み重なっていたせいもあると思うのだけど、体がクラクラ、普段はどちらかというと長風呂のわたしも、ゆっくり湯船につかることができなかった。サウナも1分くらいで出てしまった。でも、ま、さっぱりしたので、いいか。■湯上り、パンツ一丁で鏡の前に座っていると、むくむくむくと変な気持ちがわいてきた。なんというか、「おっ、わたしの体もまだイケる(!)わな。この肉体を、自分でこうやって眺めるだけなんて、もったいない」の気持ちの結晶として、思わず、脱衣所の客が途切れるのを見計らい、自分の裸体(パンツ一丁)をケイタイ写真に撮ったのでありました(←翌日、消去)。■つくづく思うのだけど、公衆浴場っていいよなぁ。わたしは東京貧乏生活の前半期、日々銭湯にお世話になり、銭湯通いの味わいを知っている。そしてまた、こうやって知らない町の公衆浴場に飛び込みで入るのは、旅をぐっと引き締めるエッセンスがある。ちなみに、この京都タワーのお風呂、旅行客のほか、地元民も利用しているようである。たまたま一緒になったご婦人も、

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背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

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