ともみ@ピクニック

六.高齢親子

父が亡くなって数年のうちは
「なぜ自分だけが一人なんだ」と
激しい孤独感を募らせていたようだが

その後、身近な範囲にも寡婦が増え
「さびしいのは自分だけじゃない」と知るようになって
また、なによりも時間薬が効いたのだろう

近年の母は
「さびしい。さびしい」と口にすることは
すこぶる減った。

しかし、今でも、一人で生活するのは
一週間程が限界のようだ。

なんか、もう、離れられないのだなぁ。

(家族優先の思考は昔から変わらずなので
「こういう用事があるから」と言えば
無理を言わず送り出してくれるし、留守もして
くれるのは、けなげだな、とは思うけれど。

こういう相手の都合を第一にすることを厭わぬ
無償の愛的な態度はすごい)



いつまでこんな人生なんだ、と思うことは
しばしばある。

うちは介護というほどではないけれど
閉じた家族関係のなかで様々な事件が起こるのも
まったく想像がつかないわけではない。

すごーく酷い話なんだけど、母ちゃんが
じっとしていてくれたら、どんなにラクかと
思うことは、わりとよくある。

(実際、そうなったら、思いもしなかった
大変なことが山積みで、母ちゃんが元気な今を
反省し感謝することになるだろう)

ふーう。

でもでも、「あんたには一人宅もあるから
息抜きがあっていいじゃない」というのは
ごもっとも。

(で、息抜きして帰ると、また玄関や仏壇の
花瓶から異臭が放たれているなどの、毎度の
展開が待っているのですな)



母がいなくなったら汚屋敷とサヨナラできる
なんて思いつつ生きるのはイヤだなぁ。

と思いつつ、どうしたらいいのか
分からない。

そんな年月が流れてゆく。



精神的な虐待を受けているに等しい
というのは、たぶんその通りで

でも、その虐待主は誰かといえば

もはや老母のせいには出来んだろう。

被害者はわたしで、加害者もわたし。


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