ともみ@ピクニック

五.隠れた共依存

実家と縁遠い態度をとれば

わたしの、目に見えたイライラは減るのだろうなぁ。
(代わりに別のイライラが生じる可能性はある)

けれども、完全に離れて暮らしていた時代とは違い
親の老いをもろに知ってしまった身としては
もはや放置はできんだろう。
(「感情的に」だけではなく、ネグレクトになりますので)

周囲は、母の話を聞いて、(わたしがやっている
家事などなどを、母は自分のやったことのようにして
いつもヒトに話しているので)、母の能力が今
どんななのか知らないのよね。家族も親戚も
近所のヒトも、彼女が一人で頑張っている、と思っている。

(わたしは完全に黒子で、我々親子は隠れた
共依存関係なんですの)。



余談だが、彼女は一人のときはお風呂も入らんし
(真夏はさすがに自主シャワーをするが、その他の
季節は放っておけば、何週間も入浴しない)

これはわたしもヒトのことを言えぬのだが、一人だと
食事の栄養バランスが多いにあやしく、わたしは
彼女の食事のサポートをすることで
(用意するだけでは足りず
一緒に食べる人がいることが肝心のよう)

また寝具などの洗濯をする習慣もいつの間にやら
失くしてしまったようなので、せっせとサポートするなど

そのほか生活全般、もろもろを通して
彼女の健康寿命に貢献している、という自負心を
わたしはもらっている。

(ここに究極の・・・わたし側の・・・依存があるのね。
「誰かの・何かの役に立っている」という貴重な体験)



余談の余談だけれど、昔から
容貌(格好)にすこぶる無頓着な母であったが
(これまた、幼いとき、わたしはたいそう恥ずかしく傷ついた)

老齢となり、その傾向がますます顕著だ。

人様の家に行くとき、「穴の開いた靴下は履かないで」と
再三注意しても、わざとのように、ほとんど必ずといっていいくらい
穴の開いた靴下を履く。

(穴の開いてないのを、もっていないのでは? と思うなかれ。
あまりにも古びた靴下ばかり履くので、せっせと新品を
買ってきてプレゼントしていた時期もあるのだ。なのに、なのに・・・)

(あまりに繰り返すので、たまに穴の開いている靴下を
わたしはこっそり捨てる。だって一度履いた靴下を、彼女は
何ヶ月も居間や廊下などに放置してるんだもん。
またそのうち履くからといって)

洋服にしても、わざと選んでいるのかと思うほど
(これまた、穴の開いたのは着ないで下さい。
シミのついたのは着ないで下さい。といつもお願いしているのに)
穴が開いたり、シミのついた服を着て、お出かけするのだ。

近所の魚屋とか郵便局に行くくらいなら
ぜんぜんいいのだが、なにかの会合のような場に
そんな格好で行くのだから・・・。

他人格なのである、母は母だ、と放っておこう
と、割り切ればいいのだが

一応娘としての立場(家族がどう見られるかの執着)が
あるので、いつも、うんざり、憂鬱になる。

(出かける前に気づいて注意すると、着替えることも
あるのだが、着替えてもまた同様の結果ということも
珍しくない。

あるいは、「見えないから、だいじょーぶ」とか
言い返されちゃう)

今のわたし自身も、かなり格好に無頓着だけど
老いたらますます、彼女のようになるのかしら? 

母と同年代の人々、また母の妹たちはみな
キレイに身だしなみを普段から整えているので
わたしの惨め感たるや。。。(繰り返しになるが
母自身は、自分に惨めさを感じている様子は
みじんもない。それなりに身だしなみを整えている
つもりのようなので)

(昔から、母はこうで、わたしはいつも惨めだった)



また、歳をとり、生活をサイズダウンする
女性たちがいる一方で、(前に母の下の妹の家に
行ったときも、重い鍋は処分して、小さくて軽い鍋に
買い換えた台所を見せてもらって感心したな)

そういう発想のカケラも見られない
・・・畠であれ、家事であれ、自分は昔どおりに
やれると思っているフシあり。時々、わたしのサポートが
なければどうするつもりだ、と怒りたくなる・・・
・・・しかし、この怒り方って、亭主が専業主婦の妻に向かって
「誰のおかげで食ってんだよ」と怒鳴りちらす間抜けさと
変わらんのであろうなぁ。つまりわたしは間抜け・・・

母に、あーあ、と思う。

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