ともみ@ピクニック

大衆=ヒステリー?

共謀罪の国会通過は重い事態だと思うが
それと同じくらい

「共謀罪に反対している人は
ヒステリーになっているだけ」、と
まじこ思っている人が相当数いる様子に

ぼんやりと、気のめいるというか
断絶感を脳内クローズアップされた
ここ数日だった。



さまざまな議論に対して
我の理解しかねる軸がある。

例えば、「憲法改正」を反対するなら
対案を出せ! って、どーゆーこと?

「憲法は変えない」という意見を
ひとつの姿勢として、なぜ認めず
せせら笑うのだろう。

「政権のやることに文句を言っているのは
単に安倍さんのことを嫌いなだけ」という向きにも
ヘっ? と思う。

わたしは安倍さんが好きではないけれど
「好きでないから彼のやることにNO」と言っている
わけではなくて、誰の発案であれ、NOと思う事柄に
NOと言っているつもりなのだけど・・・。



世の中には、道徳的な発言や、リベラル的な活動に
ひとつひとつの中味を吟味することもなく
ただただ冷笑して、ポーズだろとか、表面的だとか
バカにする人々が一定数いて

・・・もうちょっと書くと、仮にXという事案があって
Xの事案に対する反対の声が大きくないときは
「Xめ、ファック」的な個人意見を言うのだけれど
世の中で、反対意見の声が大きくなると、今度は
そういう反対意見を言う人々のことを、ファック的に
扱う、といいましょうか・・・

(ときにはわたし自身がそうなりそうなときも
ありそうなので、あまり強くは言えないけれど。
要は「あまのじゃく」天性なのだろうなー)

多勢を疑ってみる、という姿勢は大事だけど
そういう「大衆=ヒステリー」という単純な見方は
なんだかなーと思う。

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