ともみ@ピクニック

3.ゆるされている感覚と、自我

名越康文先生が仰っていたっけ。
https://twitter.com/nakoshiyasufumi

ふりかえって自我とは、ゆるされている感覚の欠乏のことである。


わたしも人の子、「自我」は相当強いが
これは「ゆるされている感覚」がとぼしいのか!

ととらえると、納得である。


(「そのままの貴方でいいんだよ」という言葉を
欲しがって、それにむしゃぶりつくという行為は
自我の肥大にほかならない)


なんらかの精神的覚醒でもしない限り

人間は「ゆるされている感覚」を求め続ける
生き物なのではないか?

若きも、老いも。


(ただし例外がある。

センテナリアンには超幸福感の保持者が多い。
それなりの高齢になればなるほど、「今が一番幸せ」
と云う人が多い。

という話をたびたび聞くが

人それぞれのペースで、その人なりの
老いを味わってゆけば、そのあとは
「ゆるされている感覚」に行き着きやすい

のかな? という仮説がわたしにはある。
体験してみたい!)

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