ともみ@ピクニック

14.「何様」話

以下、「おまえは何様じゃ」と
自身を突っ込まずにはおられない

長年の捻れた視点が腐敗した
おのれの痛みをカバーするための
かなり傲慢な話である。

。  。  。  。  。  。  。 

こんな田舎で一生生きていける
(満足している。いや満足していなくても
それなりに折り合いをつけられる)
精神力を、わたしは疑ってしまうのだ。

ねぇ、ねぇ、ねぇ、苦しくないの? って。

田舎独特の「井のなかの蛙」的な発想も
ほんと、なじめない。

(これが出来る人って、幸せだよな、と思う。
人間、「幸せのハードル」は低いほど生き易い)



うっ、さすがにわたしも人の子なので

“でも、まあ、こちらの想像力が足りなくて
実際は様々な事情で「ここで生きざるをえない」
人も多いのだろうなー”

“わたしがわたしの魔法にかかって
故郷のよさを見ていないのだろうなー”

ということも、とってつけたように書いておく。



ここで書いてきた「田舎人」というのは
ほとんど高齢者のことであって
同年代以下はまた違うのかもしれない。

(中年以下は、ほとんど親にまかせて
近所づきあいもしていないよう)

同年代とは(会えば挨拶程度の)
親密な交流がないもので
これまでの超乏しい経験から推測してみると

その結果

「あなたたち、マイルドヤンキーでしょ。
( ↑ 下品な固有名詞。だけど便利なので使う)

もしくは、親の価値感を世襲して
(地元金融機関や役場や教員、もしくは
地元でいうところの有名企業に勤めることを
よしとして、恋愛もしくは親のすすめる結婚をし
親の建てた家に住んで、たとえ二世帯住宅でも
対外的には一世帯を建前として)
しずかに生きているのでしょ」

という同年代のイメージが。

( ↑ 完全な偏見である。閉じた生活をして
いると、そういう偏見が肥えるのである)

もちろん、マイルドヤンキーと、親のいうなり人間だけで
田舎の中年人口を構成しているわけではないだろう。

たまたまわたしの知っている人たちがそういう人ばかり
ということなのか、(そもそも知り合いが狭いし)、あるいは
同世代と自分に線を引くために、わたしが「ゆがめた視点」を
形成している可能性は大いにある。


つづく

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