ともみ@ピクニック

16.田舎のひきこもり

ひきこもり仲間が、この田舎にも
存在しないわけではないと思うが

田舎では、よほど多数派に賛成されそうな
個性でないと、みずからの存在をアピールしにくい

よって、ひきこもりは声をあげられず
だんまり。

(隠れひきこもりを数えたら、すごいことになるかもね)

と、閉じたわたしは、閉じたなりに考えている。

(自分から声をあげる「ひきこもり」がいるんかい?
と思う人もいるかもしれないが、都会では
ひきこもりの集い(同類の茶話会など)があるらしいのだ)

なお、上記の「ひきこもり」を「ニート」と置き換えても
話は通用するだろう。

(まあ、ニートというと、範囲が狭くなるから
おばさんニート、おじさんニート、あるいは
ずばり無職業者と言い換えてもいいね)



ひきこもりも、ニートも、息をひそめて
田舎で生息しているのである。

(この件に関しては、別の具体例を引用して
…ひきこもりを密告する、某地域の話…
後日あらためて書く予定)



よくいわれることだが、都会のひきこもりは
家を出るのにもちろん勇気はいるが
その一歩を出てしまえば、あとは
「その他大勢」にまぎれることが可能であるから

「一歩」のハードルさえ越えれば
そのあとは難所は少ないのでは?

が、田舎のひきこもりは
仮に図書館に行くだけでも
いばらの道のりなのである。

(自宅から、公共交通機関の場所まで行き
日に数本の乗り物にのり、下車したところで
やっと一息つけるかどうか。涙)

田舎のひきこもりは、
家を一歩出ることができても
「その他大勢」にまぎれこむことが
困難なのである。



(以下、やや被害妄想的な視点もあるかも
しれんが、いきおいがついたので書く)

また、車を運転しないひきこもりは
徒歩や自転車という無防備な姿が
田舎じゅうにさらされるわけで。

家のなかから目にするとか
(車はそれなりに通る。人々の足だから)
車のなかから目にする、といったカタチで

周囲から観察されやすい。

(つまりは、一方的な観察され状態。
動物園の動物的な?)

先に図書館の例をあげたが
どこか商業的な場所に行くにも
車を運転しないひきこもりは
さびれた駅を経由していかねばならず

さびれた駅ながら、ここでも観察の対象と
なることがある。

はぁ。


つづく

(まだつづくんかい!)



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