ともみ@ピクニック

二.人生の法則(忘れがち)

もしも、この流れが止っても
(実家という重しがなくなっても)

次は、次の重し、カタチを変えた
「~のせい」がやってくるだけ。

約50年も生きていれば
それくらいのことは、わかる。

(二十代のときは、「ひとつ問題が片付いたら、なぜ
次の問題が、お約束のようにやってくるのだろう?」と
不思議だったけどね)

だから、この何年か

わたしは頻繁に(たぶん、ひと月に何十回と)
母がいなくなれば、わたしの人生は
ずいぶんとラクになるのになぁー

と、心のなかで毒を吐いている。のではあるが

「その代償として、これまでの人生で味わった
ことのない、さみしさに襲われるのだろうなぁ、きっと」

と、未来と橋渡しをするような自分の声も
聞いている。

しかし、なあ、未体験レベルの
「さみしさ」や「孤独」や「無気力」などが
いずれやってくるとして

(それを乗り越えられるかどうかは
どーにもこーにも不明)

もしかしたら、それらとはさらに別の
今はまったく想像もしえていない類の
「次の重し」があるやもしれん。

ということは、けっこう、忘れがち。


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