ともみ@ピクニック

ときどき悪魔の仲間

「~のために」ということで
おのれの心の表層をごまかして

その実、そのことに依存している
という

ありがちなパターン。


そこまでは、ま、かわいいもん
(世にあふれる悪魔的な諸事に比べれば
これくらいの依存はかわいいと思う)
だろうが

「~のために、あんなこともこんなことも
がまんしている。(犠牲になっている)」
という発想になると

これはもう、悪魔の仲間。

(わたしはときどき悪魔の仲間になる)


「~のため」の「~」があってこそ、自分が今
生きていられる。生きがいというほどの大げさな
思いはなくとも、少なくとも「~」のおかげで
おのれの生存意義のようなものが、おのずと
担保されているのにねー。

わたしは何が欲しいのだ。

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