ともみ@ピクニック

傲慢は「よろい」

なんとなく今週は

おのれの欠点周りに漠然と
思いがいく周期のようだ。

凹むほどの重いものではなく

普段の反動がじわっと
染みた程度のことなのだけど。

「愛の、ほとんどはエゴ」と
堂々と公言してしまったり

あのこと、このこと、自分を
被害者のように感じてしまったり

人の情に感謝せず、むしろ
人の情を避けることに努力したり

えとせとら

わたしはかなり勘違いして
感謝に乏しく、傲慢に生きておるよな

ちゅう話なのです。

ふう。

傲慢は「よろい」なのかもしれない。

明日も生きるための。

しかし、こんな「よろい」はいらんのよね
ほんとうは。(必要と思っているのは己だけ)


** おまけ **  ニー仏先生のツイートより

個人的には、「どれほど他者の文脈を引き受けても、その人がその人自身でしかあり得ないことからくる断絶」こそが色気の根源だと思うので、「同調できないからキモい」的な話には、あまり納得できないんですよね。むしろ他者の文脈だけを追い過ぎて、断絶する己すら失っている姿がキモいのではないか。

人間の最根源的な同調不可能性は色気そのものだが、同調を拒否する己の姿すら見失った人は挙動が不審になるのでキモくなる、という話なんだけど、これは3人くらいにわかっていただいたらそれでいいです。

https://twitter.com/neetbuddhist/status/857634503807848448


PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する