ともみ@ピクニック

4.他者との共通言語

なによりね、自信がないんだ。

「普段はなにをしているの?」と聞かれても
言葉に詰まるから。

相手に語りたい言葉をもたないから。
(→ つまりは「閉じている」のである)

「共通言語がない」という思い込みもあるから。

(なにかの集いで、お喋りしなきゃいけない場では
「いたたまれない感」から逃げ出したいがために
余計なことを喋って、あとで、深く深く後悔する
というパターン)

          *

昔から、密かなコンプレックスなのだけど
わたし、趣味はないし、流行りものに疎いし
・・・多勢の言語についていけない・・・

子孫はおろか、配偶者ももっていないし
属す社会的集団はゼロだし
・・・こんな人間、わたしの周囲にはゼロ・・・

「他者と語り合える」情報って、いちじるしく乏しい。

おまけに「ひきこもり」なので、ますます
「生身の人間」に語りかける言葉を忘れてしまう。

          *

もしかしたら、そんなことを飛び越えて
人は人とつながり、分かち合えるのかも
しれないけれど・・・。

(「つながり、分かち合える」という経験が
不足しているのだろう。

経験不足が認知の歪みをもたらしている?)

(昔は、それなりに友人知人もいたけれど
ほとんどそこで得た経験は記憶の彼方へ・・・)

          *

思えば、三十代の後半から
「なにかの反動」のように、閉じてしまった自分。

「閉じる」のと「自分に固まる」はほぼ同義語だと思うけど
ま、そこら辺が、認知の歪みを加速させ
コミュニケーション不得手を招いたといえそう。

          *

先に書いたとおり
「無理してコミュニケーション能力を
搾り出すことなく、おだやかに人生後半を
やっていきたい」という思いはあるものの

このまま「閉じ」続けるのは、いかがなものか?

(イメージとして「雛がみずから卵の殻を破る」ように
自分自身がコツコツと殻を破るしかないんだよな)

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する