ともみ@ピクニック

1の4.大人の自己満足

→ ちょっと道草話を(私見)


わたしもかねてから、この手の行事に
大人のエゴを感じていた。

「二分の一の成人式」は、生まれてきたことに感謝し
育ててもらった親(周囲)に感謝するための行事だろうが

そのクライマックスは、親が子からの
「感謝の言葉」を受け取るところにあると思う。

(子どもは「いかにも」な作文を書いて
・・・これは夏休みの読書感想文と同じで
「大人目線(大人が感動するように)」を盛り込んで
子どもは書くんだよね。自分も子どもだったからわかる。・・・
保護者や先生、友達の前で読み上げ、親はそれに
喜び涙する・・・見せ場である)

わたしは子どもがいないから、親の立場に酔うことができず
ミもフタもない言い方をしてしまうけれど

大人の自意識を満たすための行事といえる。

(親にとっても、学校にとっても、子にとっても
「モデルタイプは素晴らしい」の確認し合いっこでもある)

こんなのは、学校で「見せ合いっこ」するものでなく
銘々の家庭の日々の生活のなかで、肌で感じ合う
ものではないのか?

なにより、わたしが思うこと。

この行事に限らず、大人も子どもも、「褒めて」「注目して」
「私のことをいいねって言って」「私に私を価値ある存在と
思わせて」・・・・の内なる欲望が肥大している時代なのかしら?


(つづく)

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