ともみ@ピクニック

2.道徳教育の甲斐のないわたくし

わたし、子ども時代を振り返って
「道徳的な教育」って意味があったという
記憶がない。

これは(生来的に&まわりの人に)わたしが
恵まれていたからかもしれないが

「道徳の授業って、わざわざ教えるようなこと?」
と、子どもながら感じることばかりだった気がする。

人に親切にしましょう。
どろぼうはいけません。
悪いことをしたときは謝りましょう。
みんなと仲良くしましょう。
「やさしい」気持ちをもちましょう。

なんとなく、人間として
この世で育っていくうちに
「自然な感覚」として知っていた・・・
という印象なのだ。

(学校で覚えた、という記憶はない。
また親に特に躾けられた記憶もない。
単に記憶を喪失しているだけなの?)

          *

でもね、「知った」と、「それができる」
はイコールで結ばれるとは限らない。

ねぇ、こういうことを
頭から教えてもらったら
守れるのでしょうか。

余談ながら、この世の実態として
義務教育のみならず、高等教育までも受けた
大人が守れているのか? といえば
答えは明白だ。

分かっている、けど、できないときがあるんだ。
知っている、けど、そこから逃げたくなるときがあるんだ。

これは銘々の人生で学んでいくしかない。

          *

こういうこと書く(「誕生学」とか「二分の一成人式」とか
道徳の授業に、イチャモンつける)のは

道徳教育の甲斐の全くない、反社会的な人間に
わたくしが仕上がっているという証なのか?

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する