ともみ@ピクニック

人の口に戸は立てられない

生きることを重ねていれば
誰にでも、その人なりの
「生きる」知恵が身についてくる
と思う。

わたしのは、オリジナルではなく
書籍等からの授かりの知恵なのだけど

●人と自分を比べない
●人の目を気にしない
●人に自分を理解してもらおうと思わない

を、いつの頃からか、心の柱にしている。

まだ丈夫な柱じゃなくて
ぐらぐらするんだけどね。

「人と自分を比べない」は、わずかながら
可能になってきたのではないかしら・・・。

「人に自分を理解してもらおうと思わない」は
まだまだだろうなぁ・・・、ときどき
あえて意識するレベルかな・・・。

「人の目を気にしない」は、三つのなかでも
一番滞っている難所である。

そして、このたび、あらたに

●人の口に戸は立てられない

という合言葉を、自分のなかに作った。

正しくは「人の口に戸は立てられないを
前提にする」ってことだね。

これは「人の目を気にしない」とも
大いに通じるのだけれど

「自分のうわさをされ」たり
「他者に自分のことをあれこれ詮索される」
のは、わたしにとって、たのしいことではない
わけで

そういう方面から、おのれの行動に制限が生まれたり
うわさをする人を心のなかでネガティブにとらえたり
することが、盛んにあるわけだけど

もー、ねー、それでは、おのれが縮こまるばかりだよ。

そもそも、人間ってのは、ウワサ話が大好きで
ヒトの行動が気になって、特に自分と違うカラーを
打ち出しているヒトのことが気になって、しょうがない
生き物なんだ。

そういうのを、まるごと包み込んで生きてしまえよ! 自分。
(まるごと愛してしまえよ!は、高度過ぎるので、言いません)

というところから
「人の口に戸は立てられないを前提にする」
に至ったわけです。

人生、修行じゃ。
(知恵を見かけただけでは意味が無い。
それが身体に浸透し、おのれと一体とならねばの)

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