ともみ@ピクニック

六.安倍三代、そして安倍夫妻

ついでだから書いちゃおう。

先週のラジオ『荻上チキ・Session-22』では
青木理さんがスタジオゲストとして
「政治一家・安倍家3代」のヒストリーを
語られており、へぇ、へぇ、へぇ~と関心すること
多々あった。

安倍寛のエピソードが特にイイ。
なんとも魅力的な政治家だったのだなぁ。

(しかし、この父方の祖父について、現総理は
「フタ」をするかのようにしている印象。母方の祖父
岸氏には大きな影響を受けているのだろうが)

安倍寛さんは五十歳くらいのとき、(現総理の父・
晋太郎がまだ二十歳くらいのとき)、亡くなられたそうだが
彼が長生きしていたら、現総理の人間性も
ずいぶん違っていたのではないかしら?
と想像せずにはいられない。

青木さんによると
安倍晋三という人物のエピソードは
取材をいくら重ねても、子供時代
学生時代にさかのぼっても
全然おもしろい話が出てこないそうだ。

(おもしろいというのは、取材者側の
「安倍派」「アンチ安倍派」という垣根を越えた
人間としての個が見えてくるエピソードの意)

極めて「透明人間的」な生き方をしてきたのだろうか?

最後に、青木さんが語っていたコトバが
わたしには印象的だったなぁ。

正確な言い回しは忘れたので、記憶を
たどりつつ&わたしの言葉で書いてみよう
(もはや、青木さんの言葉をヒントとした
わたしの考えなのだけど)。

「祖父や父ほどの、わきあがってくる理念もなく
・・・政治家になる動機はなんじゃそれってほど
弱いものであり、兄弟や妻も証言しているように
「結局は後付でしょ」ってレベルなんだ・・・

しかし、たどりついてしまった三世政治家として
「道」はできてしまい、その道の空虚を埋めるために
「美しい国 日本」を掲げ、やがてはそれに
自身がとりつかれてしまい、現在にいたる。

(↑ 青木さんに失礼があってはいけないので
繰り返すが、これは彼の言葉をヒントにした
わたしの考えです)

ふーぅ。

今、文章にしてみて思ったのだけど
「だから、昭恵夫人と夫婦でいられる」のだな。

数年前に、「あの夫人と続いているのだから
総理にもきっと救いようのある所はあるはず」という
有名識者のエッセイを読んだことがあるのだけれど

いやいやいや、ちょっと違うかも。

人間的な「器の大きさ」があるから、あの夫人と
(しばしば思想的に対極にあるような夫人と)
一緒にいられるのではなくて、実は似た者夫婦なのかも。

(あっちこっち色んなものに感化されやすい、感激屋さんの夫人と
安倍総理の空洞は、ときに共鳴こそすれ、譲れないほどの不和は
生み出さないのかもしれない)


メモ 青木理氏の新刊は『安倍三代』

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