ともみ@ピクニック

(ど素人)分析

このごろ、カウンセリングに関する
ノンフィクションを読んでいる。

絵画療法(風景構成法)を体験する著者が
「木」を画用紙からはみ出すほどの大きさで
描くくだりがあり・・・・・・

わたしはそれを読みながら、脳内で
わたしなりの「木」を描きつつ、それが
画面にしっかりおさまるサイズの
ものであることに気づいた。

どうして?

安心できるから。
(おさまることで、安心できる)

その安心はどこから来るの?

自分の中からの本能的な安心?

うん、そうだと思う。

だけど、観るヒトが不安に思わないように
(=変わり者だと思われないように)という
思考のクセがひそんでいないとも限らない。

「はみだす」ことがコワイ、と
強く感じるタイプの人間なのだろう。

と、勝手に、自分分析。(*)

あと、川。

わたしのイメージする川って
ただ流れているだけで
「橋」って登場しないのだよなぁ。

ついでをいえば、「中洲」もない。

なんでかなぁ。


(*)現状、「はみだし」まくっている人生であり
それをコワイだなんてオカシイゾ・・・なのだけど

「はみだし」ているのがコワイから外に出られない
(社会と関われない)という見方もできると思う。

「はみだし」た自分が平気なら、どんどん
気にせず、人前に出られるはずなのだ。

余談ついでに、ど素人判断するなら

川に「橋」を登場させられない
わたしのイメージ力は

「つながる」ことへの恐怖の裏返し、となるのかも。

ははっ、ど素人の「いかにも」連想だけど。

(↑ こういう決め付けは危険 

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