ともみ@ピクニック

「被害者」意識の仮手当て

「お正月反省会」の続きであるが
要するに、結論は見えているのである。

遊べ!

自分自身の(実家を離れた)楽しみをもて!

なのだ。

ふーうっ、去年何度もこのブログに
書いたことと同じですな。

「実家に縛られる」状況を作っているのは
ほかならぬ自分自身なのだということに
もっと、自覚的になれ・・・なんですな。

だからこそ、実家から離れた世界で
遊ばなくてはならないのである。

「被害者」意識という
自分が自分に付けている傷を
これ以上、広げないように。


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ふーぅ。

阿修羅モードな、年の始まり。

しかし、まあ、これは
もうずいぶんの月日、あらかた
固定されている課題であるよ。

被害者モードに入るスイッチは複数あって
(だいたい、おなじみのスイッチ)

その行き着く先は
(それもだいたい、おなじみ)

老母のサポート、(程度の差はあれ
こんなの世の多くの人々がやってますの。
ま、人は人なんだけど。今の所は
軽度のサポートで済んでいるし・・・。
しかしそこにまた「もどかしさ」はあり
言葉にするまでもないコトゴトが塵のように積もる)

家族の半世紀以上分のモノの処分
(ホコリからなにから含め、何年も
何十年も放置され山積みになっているものが
わたし一人の肩にのしかかっていて
これはときどき発狂しそうになる)

そして、ほとんど手入れをされてこなかった
実家という家屋の維持・・・などなどの「重さ」よのぉ。

親のお世話を出来るのは幸せ!

日々を生きる役割を与えられているのは幸せ!

なのだけどね、そういうふうに割り切れず
地団駄を踏んでしまうことがあるのだ。


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結局、人生のもろもろを
身近なもの(何かのせい、誰かのせい)
にしたいだけ。

―― 「もろもろ」は、生きている限り
幾つであれ、どんな環境であれ、それぞれが
それぞれの「もろもろ」を抱えねばならん――

実際にできていることなんて
ほんの少しなのに、(気持ちの配分の燃費が悪い ↓ )
絶えず「気持ち」は働いていて、疲れているのだろう。

だから、遊べ!という話にもまたなる。

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