ともみ@ピクニック

中年娘の親依存

(ひとつ下の続き)
もうひとつのバージョン

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

「わたしと母」について

●わたし=母とはリンクしない課題もある。

●母そのもの=この数年で大分慣れた。

もしかしたら「好き」と思ったことは一度も
ないかもしれない母のことを、近年は
わたしのなかの情が生育したのだろうか
「愛おしく」は思えるようになった。

●母を通して=彼女の世界がわたしにリンク。

それにより、かろうじて「完全に閉じた」世界に
今わたしは居なくて済んでいるわけだが
同時に、しばしばそれは、わたしにモンスターとして
圧し掛かる。(モンスターに見えるはもちろん
わたしの思考回路のせいである)

●仮・母のいなくなった、わたし=おそらく
たいへんな孤独感に襲われる時間を
体験することになるだろう。

(それはこの数年の母子蜜月のせいだ。
彼女はわたしに依存しているし、わたしも
彼女に依存している)

●最近、ときどき思うんだ。

高齢母と中年娘のこの関係は
わたしにとって熟年夫婦のような密が
あるのでは?

母には長年連れ添った「伴侶」がいたけれど
わたしにはこれまで「面倒でも一緒にいなくては
いけない」と思わせられる人は、彼女のほかに
いなかった。(わたしの人生はまだ続く予定
だけど、この先もいないでしょうな)

わたし自身は、彼女から生まれて
かなり早い時点で彼女と決別していたのだと思う。

よくあるような、「母になんでも話す」子ではなかった。
「なんでも」どころか、ほとんどまったく話さない子であった。

記憶にある限り、精神的に彼女に頼ったことは
幼い頃にはなかったような気がする。
(ま、わたしは記憶力が低いので・・・)

しかし、娘(わたし)四十代となり
再び、母子結合してしまったのだ。

母は、もともと「家族」命!的な人であったし・・・
それが伴侶の死や、自らの老いと重なって
娘に依存を深めざるを得なくなって・・・・。

わたしはわたしとして、自分の家族をもたずに
中年となり、(人は自分のためだけに生きるのは
辛いものです)、愛を注ぐ具体的な対象を見出し
守りお世話する甲斐(そして自負)を知り
母から離れられなくなってしまったのである。

●愛情を寄せられる体験と、愛情を寄せる体験を
今は同時にしているのだが、(共依存であれ
ここに愛はあると思う)、それもいつかは終わるんだ。

●ずうっと前の帰省しなかったお正月
(そのときが初めて帰省しなかったわけではないが)
その数ケ月後に、父のガンが発覚した・・・
もしかしたら、そのときの記憶におびえて
わたしはお正月、実家にいるのかもしれない。

ははは~、おろかな自分だ。

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