ともみ@ピクニック

天皇誕生日に我思う

今年の天皇誕生日のお言葉に

8月には、天皇としてのみずからの歩みを振り返り、この先の在り方、務めについて、ここ数年考えてきたことを内閣とも相談しながら表明しました。多くの人々が耳を傾け、おのおのの立場で親身に考えてくれていることに、深く感謝しています。
(天皇陛下 83歳の誕生日 記者会見全文より 一部引用)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161223/k10010817441000.html

少し胸がツンと痛くなった。

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この会見は、内閣経由の圧力で
言葉をだいぶ噤(つぐ)まざるを得なくなった
という声もある。

参考 http://lite-ra.com/2016/12/post-2792.html

今年亡くなられた三笠宮崇仁さまの
戦後間もないころ、生前退位を認められない天皇は
「内閣の奴隷」だと強い表現で批判した意見書が残されている

そうだけど http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02HBA_T01C16A1CR8000/

政府は、国民をメディアコントロール下に
おくだけでなく、わたしたちの象徴の天皇まで
コントロールするフシを隠そうともせず・・・。

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ただ、内田樹氏のような見方もあるのだな。

この「共苦(compassion)」という営みが現代の天皇の引き受けるべき霊的な責務、「象徴的行為」の実体であるということを一歩踏み込んで明らかにしたという点に今回の「おことば」に歴史的意義はあるのだろうと思います。
(ブログ「内田樹の研究室」より引用)
http://blog.tatsuru.com/2016/12/23_1029.php

陛下は、これまでのご活動はもちろん
老齢となられた今の姿(思慮・行動)自体が
国民に多くのものを与えて下さっている。

(天皇家にとっても困難な時代に、冷静に
事態を見極め、考え、出来うる範囲で言葉を発し)

わたしにとっては、すりこみ的なものを超えて
成熟した一人の人間として尊敬し愛したくなる
お人だ。

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先に「少し胸がツンと痛くなった」と書いた。

これは、主権者=国民として、陛下に
こんなことを言わせてしまった・・・という
「恐れ多い」気持ちが作用しているのだろう。

もちろん、慈愛に触れた感激もある。

また、「ともすれば人権のない生き方を
強いてしまっている」ことへの申し訳なさが
常にベースにあるのだろうな。

(ある種の悲しみを天皇に押し付け
わたしたちは存在しているのだ)

「陛下は、天皇というものが分かっていない」
と述べた識者が先ごろいたが
あんなおそろしい言葉はなかなかないよな。

今、生きている人間で、今上天皇ほど
天皇というものを知っている人はいないだろうに。

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つらつらと思うことを書いてしまった。

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陛下、83歳も、お健やかに。
お誕生日おめでとうございます。

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