ともみ@ピクニック

一億円が100円に

(現実)世界というものを、寝床で考えてしまった。

              *

ちょっとアタマのオカシイと思われそうな喩えだが

一億円の貯金があるとして、でも寝て起きたら
全財産が100円になっている、なんてことが
あるかもしれない。

(ドロボーに入られたのでも詐欺にひっかかったのでも
うっかり人にあげちゃったのでも為替に泣いたのでもない)

翌日になったら、ただ「全財産100円」の世界に生きる
自分になっていたってことだ。

「自分は自分」なのだけど、周りの世界が一転している
という。

そういうとき、どう生きるか? が大切なのだと思う。

              *

明日、目が覚めたら、セクシャリティ(性的指向)が変わっているとか
親だった人が我が子になっているとか・・・。

今、ぬくぬくと生きている現実、あるいは
「このやろー」「しんどー」となっている現実が
知らないうちに消えていたとき

(新しい現実のなかではそれが「ずっと続いてきた
当然のことごと」となっている)

どんな自分でいられるか?

(卑下したり、ヤケになったりすることなかれ。
またおごることなかれ)

対応(やがて順応)できる力をつけておくことが大事なのでは?

(振る舞い・思考は、「とっさ」にでてくるように見えて
ほんとは、その瞬間以前の蓄積なのだろうから)

今までの中味で淡々といられ、それで、「新しい」世界とも
うまくやっていけるとしたら、それは「今」の自分がなかなかよろしい
生き方をしているということだろう。

              *

もしかしたら、自分の記憶すらも塗り替えられている
ケースもあるかもしれないね。

と、すると

ワタシは美人でないと自覚しているが、昨日までのワタシは
飛びぬけた美人だったりして!

ふふふっ。

(上記の論からすると)ブスと思い込んで生きるより
いつなんどき美人の自分になってもタジタジしないよう
また傲慢にならぬよう、謙虚かつ胸を張って生きねば!

明日、道を歩くだけでラブラブ視線を送られるような
モテモテ人間になったとしても、舞い上がることなく
慎ましくありたいよのぉ、という教訓が得られるのであった。

              *

「寝床でいったい何を考えている!?」・・・なのだけど
人間には妄想という自由が与えられているのである。

まあ、古典文学や現代映画にはこういう系のものが
ありそうだし、スピリチュアルの真髄にも通じる話だろうな。


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