ともみ@ピクニック

9.職業坊主おらず

わたしがイスラム教のいいなと思う点のひとつは
日本の仏教のように檀家をもたないところ。

「モスクは単なる礼拝場所」で、礼拝ができれば
どこのモスクでもかまわない。

ふだんは近所のモスク、旅先では旅先のモスク。

モスクを軸にした権力争いもないそうだし
これは日本の仏教界も見習うところですな。


しかし、「組織がない」ということは、「組織があるのが当然」と
思っている側からすると、つかみどころのない存在なのでしょう。

フランスのライシテ(個人も組織も公の場に宗教そのものはもちろん
宗教的なシンボルも一切もちこんではいけないという原理原則)
に触れた箇所で、著者はこんなことを書いている。

イスラムにはキリスト教のカトリックのようなピラミッド型の教会組織がない。そのため、イスラム教徒の組織と言っても、考え方は同じではありません。イスラムの教えよりも、その国の法律を大事にするよう説くところもあれば、国の法律など、しょせん人が作ったもの、神の法としてのイスラムのほうがより上位にあり、大切なんだと説く組織もあります。後者は、行き過ぎると、国の法など守る必要ない! と叫んだりします。過激派と呼ばれるのはこういう組織のことです。(40頁)

イスラムには、キリスト教、それも正教徒やカトリックに典型的な、教会の組織というものがない。ここが大切なところですが、建物として教会に似ているのがモスクで、集団礼拝のために集まりますが、しかし、モスクに信者が帰属するという発想はありません。モスクが教区の信者を管理するという考え方もないのです。そもそも、カトリックや正教会のように、聖職者という坊さんもいません。ですから位階のある聖職者なんて、当然、いません。(42頁)

少し細かいことを言うと、シーア派には学者のランクがあり、イスラム指導者が国を率いているので教会組織のように見えますが、多数を占めるスンナ派には存在しません。〔改行〕ですから、教会が人民を支配したり、教会が自由の妨げになったりするというようなことは、イスラムでは起きません。(43頁)

結果として、フランスのイスラム教徒は、政教分離や世俗主義と言われても、何と何を切り離せと言われているのかわからなかったのです。いまでも、わかっていません。イスラムには、国家や公の領分から切り離すべき「教会」が存在しなかったからです。(43頁)

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