ともみ@ピクニック

わたしは準・化石(2)

(ひとつ上の続き)


「芸人=頭がいい」というのは、今や、若者のあいだの
定説なのかもしれないなと思う。

たしかに、瞬時にまわりの状況を判断して
あちこちで「あうん」の呼吸をして、適宜
「気の利いたこと(合いの手)」を発し・・・

(しかし、M先生も仰っているけど、わたしには
一般的に評価されている芸人さんの身のこなしって
客よりも「芸能界・身内」受けで成り立っている
部分が大きいような気がしてならない。それを
面白いと思う人もいて当然だけど、果たしてそれは芸なのか?)

おまけに売れるには、度胸があって、ガッツがあって
運も持ち合わせていなければいけない・・・

頭がイイだけでなく、魅力的な要素をたくさん
もっているのが芸人さんなのだろう。

しかし、「頭がイイ=芸人」という、直球思考は
いかがなものか?



大学でも、成果の見えにくい研究には予算のおりない
時代みたいだし(先のノーベル賞の先生も憂いていた)
「効率」とか「すぐに結果」とか、そういうの花盛りだねぇ。

たしかに、時代とともに
「知」の評価は変わってきているのだろう。

たとえば、「外部にアクセスする」能力が
ともすれば最上級に評価されがちだ。

それはある面では理に適ったことだと思う。

そして、流行りにのらず、常時のアピールもせず、じわじわと
おのれのなかで蓄積・発酵してこそ大きな意味をもつという
知の特性は、あまりお気に召さない人が増えているのかも。

(デジタル世代には、最初からそんな認識もない?)

秘めてこその「知」(そして使うときは使う)
だと思うんだけどな。

ぴかぴか目に見えるものだけが知識ではないはずなんだけど。



仮に、「ネットで調べれば世の中のたいがいのことは分かる」
という思いのもと生きている人たちがいるとして
そういう人たちにとっては
知識とか経験とか(いわば知の集積)のようなものを
尊ぶのは、化石的な存在なのかしらね。

わたしにとって、頭がイイとは、瞬発力よりも
深さのほうに意味をみるんだけどな。

時代にとりのこされるのを、ますます感じる
今日このごろである。

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