ともみ@ピクニック

3)ウメハラ

せっかくなので、ウメハラ氏の勝負師としての
センスの一端が窺える文章を紹介しておこう。

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感覚に従って行動すると失敗するかもしれない。けれども僕は、常に生き生きとしていたい。「生きている。戦っている」と感じたいから、多少強引にでも自分の考えを画面に反映させる。麻雀で言えば、筋を無視してピンときた牌を切るようなものだ。

(略)

僕も若い頃は、勝ちにこだわり過ぎていた時期があった。だが、勝ちたい一心で勝負をしていると、自分の感性が錆(☆)び始めて、つまらないアイディアしか浮かばなくなる。この行動以外はあり得ないと理詰めにすることで、逆に動きの幅が狭まってしまうのだ。
〔☆本書では「金」+「青」〕

勝ちたいという気持ちに縛られて視野狭窄に陥るのは、窮屈でつまらないことではないだろうか。だから、いまとなっては勝ちにこだわる姿勢はない。勝ちにこだわるということは、セオリーをなぞることに他ならない。

勝つための理論をなぞるのはある意味当然のことなのだが、理論に固執すると目的を見失ってしまう。本当にそんな戦いがしたかったのかという疑念が生じ、プレイに雑味が出る。

(略)

結果ばかりを追求していると、型にはまった考えしか浮かばなくなる。もっと効率のいい戦法はないか、もっと安全な戦い方はないか。理屈を捏ねては理由づけをする。その頃は、勝つために役に立つと思ったことは片っ端から試していた。(略)。しかし、読めば読むほど、考えれば考えるほどに、戦術や理屈の部分というのは人と同じようなものになってしまう。(略)

結局、型にはまってしまうのは、失敗を避け、有名になりたいとか、目立ちたいとか、誰かに認めてもらいたいと願う欲望ではないだろうか。そして、結局はその欲望が自分自身を萎縮させてしまうのだ。


(梅原大吾 『勝ち続ける意志力』143~145頁より)

            *

そういえば、フィギアスケート(ジュニア)の
本田真凜選手をとりあげた先日のTV番組で
「勝ちたいという気持ちが前に出すぎて
うまくいかなかった。・・・色々と悩んだけど
初心に戻り、楽しむ気持ちを大切にしようと
思うようになった」との本人談があったっけ。

がんばることは大切だけど、がんばるだけでは
超えられないものが、どの世界にもあるのだろう。


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