ともみ@ピクニック

薬物依存メモ

日付が変わり、ラジコのタイムフリーで
今夜の荻上チキさんを聴く。
http://www.tbsradio.jp/96008

メインテーマは薬物依存症に関する話で

体験者の語る実態、支援の実情、それから
薬物にまつわる社会の捉え方(特に報道)の
問題点がせきららに語られていた。

以下、中盤の辺りを、少しメモ。

  。   。   。   。   。   。   。

「止めるのは簡単だが、止め“続ける”のは大変」
と、田代まさしさん。

ダルク女性ハウス代表の上岡陽江さんによると

薬物依存は
強迫観念が強い病気。
「止める」というのも、強迫。

止めようと思っても止められなかったのだから
「『止める』ことを止めて、とりあえずダルクに来よう」
というのがダルクをつくったときの標語。

ダルクは、薬物を使用する以外のすべてのことを
練習する場になっている。

日常的なスキルを増やしていかない限り、再度悪循環に陥る。
(スキル=朝起きる、ご飯を食べる、運動する、同じ悩みをもった
仲間と話しをする。依存症に陥っていた今までの環境を変える)

上岡さんは、最後の逮捕前の田代さんと会ったとき
ふるえて、つらそうで
「なんとかしなければいけない」と一人で抱えている
彼の姿が病気に映っていたそうだ。

当時、「うち(ダルク)においで」の誘いを、田代さんは断った。
その心境を、「“薬物依存者と会うのは逆効果”だと思った。
そこから少しでも離れたいのに、なぜわざわざ自分から
(依存者の人たちに)会わなくちゃいけないんだと思った」と田代さん。

上岡さんの
薬を使っているときは、「止めている依存症者」とは会わない。
止めている人たちがどんな人たちか、自分の目で見たことがない。
でも、セミナーなどで徐々に止めている依存症者と知り合っていき
「もしかしら(自分も)止めれるかもしれない」と思うようになる。

この話をつなぐように、田代さんは
「目から鱗が落ちる瞬間がある」、と。

上岡さんが、32年前にアルコールと薬物の依存を止めた
(当時日本では女性の依存症が知られていなかった時代)
自身の経験を語る。

どうしようもない状態だったけど
依存症を止めている女性の人が7人がいて
「自分は止めれないかもしれないけれど、せめて自分は
この人たちと一緒にいよう」と思った。だから実は私は
止めようと決心したことは一度もないんです。

そのとき、海外に会いに行った
ハワイとロサンジェルスの依存症の女性たちに
「(薬を)止めて生きる」というということを教えてもらった。

日本のなかでは、女性の依存症というと
人生のすべてを失ったような状態で
家族にも親戚にも申し訳ない
私がそんなことを言ったら(依存症を告白したら)
全部が壊れると思っていた。思いつめていた。
病気だということ、わかんないし。

ハワイやロサンジェルスで、女性たちに会い
普通に生活し子育てし、みんなが楽しんでいるのを見て
もう一回やりなおせるかもしれないと、そのとき思った。

田代さん
やったことのない人に「止めなさい」と言われても
「でもあなたやったことないですよね」という気持ちがすごくある。
でも「やってたけど、止めた人」の意見は、すごく説得力がある。

ダルクの近藤代表の持論は、「ダルクという場所は
間違いを正す場所でなく、間違いに寄りそう場所」。

田代さんはダルクで、やっと初めて
自分の居場所を見つけたそうだ。

薬物依存症の専門医の成瀬暢也さんの電話では
日本は取り締まりは一流だが
依存症になった人の回復支援は三流以下の
実体が語られていた。
(医療システム・専門医が絶対的に不足。
「逮捕」で対処しようとする稀有な国。
医療者の側の偏見も強い。
「依存症は病気」という意識も低いまま。
治療にアクセスしやすい社会環境が必要)

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