ともみ@ピクニック

手のあと(針金)

数年前から、盆栽の針金を目に付いたものから
外すようにしているのだけれど、これ、なかなか
外れてくれないものが多い。

(年月が経ちすぎて、枝が針金を食い込んで
しまっているものも多数)

負担がかかるからだろう、枯れていく枝には
針金を巻きっぱなしにしてある枝が多いよのぉ。

余談なスピリチャル話になるけれど
「盆栽をやっている人には、腕や指に痛みを
もっている人が多い」と書かれた本を
ずっと前に読んだことがあったっけ。

(盆栽を仕立てるために、枝に針金をぐるぐる
巻いて、不自然なカタチにする・・・そういう行為が
自身のカラダの痛みになる、というスピ説。
はたして真相は・・・? ちなみに亡き父もいつも
指が痛いといっていた。使い過ぎなんだろうけど)

ただ、先日観ていた「松柏盆栽」の番組で
針金を巻く意味につき、矯正をして
盆栽のなかに風や光を通す空間を作る
と説明しており

美(樹形づくり)の為だけじゃないのかぁ、と
初めて、そっちの意味を知り、むやみに
針金を嫌う必要もなかったのか、と思った。

(かといって、自分から巻こうとは思わんけれど)

ともあれ、盆栽の針金は、(実は盆栽だけじゃなく
父ちゃんの現世土産(針金)は庭木にもある)
巻くとしても、適切な期間だけ巻いていれば
いいのであって、うちの場合は、とっくのとうに
その時期が終っているでしょっ。

針金も、年数(なんたって十年以上)が経ち
弱くなるってことがあるのかな、過年、「もう
これ以上はムリだ~」と思った針金まで
するっと解くことのできた本日。

(全部がするっと解けたわけじゃなく
可能な部分だけ外して、あとはペンチで
切って残したり・・・)。

まだまだ残っているけれど
今日は可能な限りを外した。
(思いがけないくらい大量に)


            *

○○さん(=我の叔父。祖母の長男)が亡くなったあと
祖母が、前年に○○さんの漬けた梅を食べるとき
「○○(=息子の名前)の、手のあとか・・・」と呟いて
いたっけな。

わたしにとっては、盆栽の針金が、父の手のあとだ。

でもそれらとは本格的にお別れしなくちゃな。

(いったい、あの人が亡くなって何年経っているのじゃ!
という話なんだけど、ま、人それぞれのペースで
お別れしてゆくのでしょう。いいのじゃ、いいのじゃ)

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