ともみ@ピクニック

19世紀の世界一周

この前のテレビ『歴史秘話ヒストリア』で
http://www.nhk.or.jp/osaka-blog/historia/255795.html

19世紀末に、ニューヨークから世界一周の旅をした
(しかも80日以内に世界一周するという!)
二人の女性新聞記者が取り上げられていた。

旅の企画をし、3日間の準備で旅に望んだ女性は東まわり
そして、旅の「速さ」の競争を挑んで、ライバル紙が
打ち立てた女性はたったの8時間の準備で西回りの旅に
出発したというのだから、驚嘆だ。

現代ならば、さほど驚くことではないかもしれないが
19世紀にほとんど準備もなしに、海外へ、しかも
世界一周旅行に出るなんて・・・、なんちゅう度胸や!

(でも、実は、あまり知識を入れていなかったり=先入観がない
待ちの時間が少なかったから、実行できたのかなとも思う)

(あれこれ準備したがるのは、現代人の特徴なのかしら?
現地の情報、保険、通信手段、身の回りのもの、えとせとら)

ただねぇ、これ、前半と後半の二回の番組だったが
期待したほど面白くはなかった。

ま、一言でいえば、おおごとを語る構成で
あまり細かなエピソードが登場しない、つまり
わたしの好みを満たす内容ではなかった
というだけのことなんだけど。

「どちらが早く世界一周旅行を終えるか」のラストで

記録的な大雪で山越えの列車が走らない・・・事態に遭遇した
東まわりの女性のほうは、新聞社が複数の鉄道会社に大金を払い
特別列車を走らせて、無事、旅を終えたのに対し

西まわりのルートを選び、ユーラシア大陸から船一本で
直接アメリカ大陸に戻る予定だった女性のほうは
これまた新聞社がお金を払って、彼女の乗船まで
船の出航を遅らせるように手を打っていたのに

列車の都合で、乗船予定の地に遅れて到着し
どんな運命のいたずらか、(実際は船がまだ待っていたのに)
「もう船は出ましたよ」との偽りの報が届き
予定の船に彼女は乗れず、結局、ドミノ倒しのように
その後の行程が狂っていったのは

衝撃であり、つまらなかったなぁ。

ただ

先に世界一周を終えた女性には賞賛が浴びせられ
さまざまな方面でスポットライトが当たったそうだが

もう一方の女性には人々の関心は寄せられなかったものの
その後、その彼女は新聞社を辞めて、作家となり
日本を含め、また海外を旅するようになった・・・・・・

ということを知ると

ピンチはチャンスというか

少なくとも、西まわりの彼女にとっては
「競争」に負けたことが、彼女の人生をより
豊かなものに導いたのかもしれず

表面的な勝負なんて、ほんと意味ないよなぁ
と、あらためて気づかされるのであった。

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