ともみ@ピクニック

(3)「答えが欲しい」病

目立つところでいうと
政治のワイドショー化が顕著だけれど

世の中に「分かりやすさを求める」傾向は
増すばかりのような気がする。

(提供する側からすると、視聴者がそれを求めている
という言い分があるのだろう。たしかに視聴者側にも
手早くラクに情報を知りたいという向きがあると思う。
さらに現状は、一線を越えた次元になっているというか
「おもしろおかしく、ましてやカタルシスにつながれば最高だ」
といわんばかりのスタンスで情報が提供され&受け取られ
「浅い」「狭い」「本質からズレた」ものがぐるぐるぐる回って
いるだけの場合も多いのではないだろうか)


分かりやすさが100%ダメなのではない。

物事を分かりやすく噛み砕くことで
その物事に関心をもつ人が増えるのは
むしろ好ましいことともいえる。

問題は、答えを簡単に欲しがって
大事なことが伝わらなくなることなのだろう。

感情でとびついた「答え」には、より多くの
魔物が潜んでいるかもしれない。




「分かった」つもりになるのは、止まること。
それしか今のわたしには分からない。
(これ↑ ちょっとズルいというか、優等生的な、差しさわりのない
表現かしら? でも、そうとしか言いようがないのだよ、今のところ) 



もともと、人は誰かと共感し合うことに
(=同じ答えを見つめていることに)
喜びを感じる生物なのだろうけど

論理や理性より、感情を最優先される社会は
やっぱりコワイよなぁ。

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