ともみ@ピクニック

“駆けつけ警護”

今更・・・なのだけど、韓国の大学受験だとか
トランプさんの孫がかわいいとか、トランプさんへの
お土産はとか、そんな話ばかりをとりあげる
大型メディアって、なにを報じたいのだろう?

ところで

「駆けつけ警護」って、なんじゃらほい!
分かるようで、分からない・・・と思っていた折
(去年の安保法の騒ぎの意味も忘れ、所詮
その程度の知識しかないのです、我は・・・懺悔)

今年三月にネット掲載されたという
伊勢﨑賢治さんという方の文章を読んだ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48085
(以下、色文字は伊勢﨑さんの文章より引用)

PKOなどに参加する自衛隊が、窮地に陥った他国の軍隊やNGOから
救援要請を受けた際に、武器を持って助けに行く行為

というのが政府の説明なのよね。

我の苦手なところであるが、整理してみると・・・
PKO政策のもと活動している人々を武力でもって保護するには
国連平和維持軍(PKF)=「戦争」として敵に対峙。(戦時国際法・国際人道法に準拠)
国連文民警察=「犯罪」として対峙。(紛争当事国の国内法を根拠とし警察権を行使)
二つに分けられて、いわゆる「駆けつけ警護」は後者
~~~という理解でよろしいのかな?

国連がより「好戦化」するなか、南スーダンへの派遣に
こだわるのは、先進国のなかで奇特な存在らしい。

夜のTVニュース番組で、「ニホンも国際社会の一員として
実効的な責務を果たさなければいけない」というニュアンスの
威勢のいい話を耳にしたばかりであるけれど

交戦主体、つまり「戦争」するようになったPKFに、部隊を提供する先進国は、もはや、その紛争に歴史的な責を負う旧宗主国にもありえない。外貨稼ぎ(国連から償還金が支払われる)の発展途上国と、当該国の紛争が自国に影響があるという逼迫さ(いわば”国家存立危機事態”)から参加する周辺国のお仕事になっている。

という話も一緒に盛り込まないと、世論としては
いつまでも勘違いが残るよなぁ。

(わたしは、平和憲法をもち、それを遵守していくことが
ニホンなりの貢献であると思っている。だから、散見される
「日本人も血を流さなければ」の意には、「?(違う!)」と言いたい。
お花畑ですか?

だけどね、軍事指向の強いイデロギーをもった人は
「自分が最前線に行く」ことを想定しているのかなぁ。
安全な場所にいて、頭のなかだけ正義感の花が
咲いているのじゃないかなぁ。と思うのである)

そして、伊勢﨑さんの話はおもしろいほうに流れていく。

そんなに「駆けつけ警護」がやりたかったら、日本の警察を送ればいい。1993年のカンボジアPKOでの高田晴行警視の殉職以来、組織ぐるみでPKO協力を拒んできた日本の警視庁が、腰を上げればよい話だ。

そうすれば、憲法上「交戦主体」になれない自衛隊を「交戦権」が支配する世界に送り込む矛盾が、一気に解消される。

日本国民の自衛隊アレルギーを、PKOという”崇高”な「反対しにくい」海外派遣で払拭する。これが歴代自民党政権の思惑であった。

この見え透いた戦略の目標は、既に達成されている。自衛隊を否定する世論は、もはや、無いに等しい。

あとは、最後の一押し、「事故」を待つばかりか。そして、それを「9条のせい」にするか。

南スーダンの情勢悪化と、国連PKOの劇的な”好戦化”により、事故は、時間の問題なのである。


むむむ、だな。

わたしも思ってしまうのだ、結局、政治家は
自衛隊を大手を振って認知できる軍隊にしたい
だけなのでしょう、と。

だから、この「警察官を現地に送る」方法を
あえて突きつけるのはおもしろい(=興味深い)。

もうちょっと伊勢﨑さんの文章をお借りすると

停戦が破られたら撤退すればいいという日本のPKO派遣5原則は、まったく時代遅れだし、それを自衛隊が「武力の行使」の可能性のある状況に置かれない口実として、いまだに使い続ける日本の政局は、単なる無知を通り越している。
(略)
自衛隊だけが撤退するのは、外交的に不可能だ
(略)
撤退したら、「住民を見放した」と解釈され、国際人道主義を敵にまわすことになる
(略)
どうするか?

バーターするのだ。それも、「見放した」ととられないように、華々しく。

自衛隊を南スーダンから即時撤退する。その代わり、日本の警察を Formed Police Unitとして送るのだ。100人規模でいい。全員、婦警がいい。ギア、ヘルメット、自動小銃で身を固めた精鋭部隊である。

これが、あくまで、南スーダンの国内法を根拠として、犯罪の観点から「駆けつけ警護」する。「武力の行使」ではなく、まさしく「武器の使用」だ。

安保法制を根本から変える必要はない。陸戦に関する武器の使用の主語を、自衛隊員から警察官に置き換えれば、それで済む。日本の自衛隊法は、今回の安保法制を含め、もともと警察官の職務執行法から準用されたものだから、簡単である。


ふーうっ、いかがでしょう。

(「南スーダンは危険じゃありません」と政府はいうけれど
ではなぜ自衛隊を派遣する必要があるのだ?との素朴な
問いに、誰か子供でも分かるように答えて欲しいよ。

で、「現地のために働いている人々を守るため」と答える方がいたならば
「それでは立場上マズい自衛隊ではなく、警察官に行ってもらいましょう。
交戦ではなく、警護なのだから、これは警察官がぴったしですねっ」と
しらっと返せばよいのだ。

「いやいや人数的に警察官を派遣するのはムリ」なんてゴネられたら
「どうして自衛隊にはそんなに余人がいるのですか?」と聞き返せばいい)

多くの人が指摘していることだけど、自衛隊の派遣により
「日本人の犠牲者がでる」ことを密かに期待している人々がいる
・・・そうすれば、改憲への足がかりになる・・・という、ダークな説を
わたしは否定しきれないのである。

ちなみに伊勢﨑さんの文章は
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48085
下記のツイートより知りました。

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