ともみ@ピクニック

ハイライト

1960年代の終わりに生まれたわたしは
今になっては「高度経済成長」と名のつく時代に
幼少期を送り、つまりは生まれた瞬間から
「豊かさ」のなかにいたのであり
(=空気のありがたさに気づき難いのと一緒)
当時も今も、そのことに対する感慨はない。

社会人になり、ほどなくバブルというものがはじけた
わけだけど、わたしが正社員だった時代はまだまだ
バブルの残り香はあり、バブル崩壊に対する
個人的な痛みは体験していない。

その後の、じわじわとした社会のひずみは
アルバイトや派遣生活で味わってはいるけれど
それは漠然と「社会のなかの落ちこぼれ」になった
からだという、構造的な意味合いでとらえてしまい
時代的な要素でとらえることは薄かった。

ついでをいえば、ノストラダムスとか世紀越えとか
「時代のジャンプ」への興味はとことんなかった。

以上、だらだらと書いてしまったが、つまり
わたしは時代の変化というものに「おやっ」
と立ち止まることなく生きてきたのだ。

それが、昨今は、時代の変革のなかにいるよなぁ
(好きな変革ではないけれど)感が、びしばしっくる。

まあ、単に歳をとっただけのことなのかもしれないけれど。




↑ アメリカが「ただの国」になるのを眺めているのは
時代の変革の大きなハイライトだよなー。

もしも百歳まで生きられたら、いや八十まで生きられたら
「今」の時代を、どう振り返るのだろう・・・、と、今そのもの
よりも、「その後を知った」うえで見る「今」に興味がある。

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