ともみ@ピクニック

殻に閉じこもる理由

10月27日(木)

朝眠り、起きたら夜。
ざっと12時間睡眠か。

再生の灯火は、ちっとも距離を縮めず
まだまだ遠くでゆらゆら揺れているよう。

今は「こんな自分」をダメだダメだと
断罪の圧力をかけないでいることに
褒めの言葉を与えましょ。 

そして、ららら~、ひきこもり~。

           *

ずいぶん前に、高校時代の友人から食事会に
誘われており、日程がこの週末ではなかったか?

ほぼ「欠席」に意志は固まっていたのだが
なんて伝えればいいかな~ 面倒くさいな~
と思ったり、心身不具合を起こしたりしているうちに
忘れそうになっていた。

Uターンして数年は、人付き合いも大切にしなきゃ、と
ときたまお誘いに乗り、会ったりしていたのだけれど・・・

会えば会ったで、愉快な時間もあるのだろうけれど・・・

でも、「どうせ、誰かの噂話とか、どこそこのお店とか・・・
そういう話題になるのよねぇ」と思うと、会う気が失せる。

(たぶん、わたしが気になっている「今秋も盆栽の植替え
しなかった」話をしても、誰も興味もってくれないだろうし)

メンバーは、独身女性ばかり、という点は気楽であるが
結婚生活のうまくいっている人たちとは一線を画し
独り者だけで集まる・・・というのも、なんか・・・。

それよりなにより、わたし自身が、(このブログにも
何度も書いているけれど)、故郷というものが好きになれず

その故郷で、各人胸に秘めた事情もあるかもしれないが
基本的にはずっとここで生きていこうとしているように見受けられる
同級生たちとは、腹の底で、通じあわないものがあるのかも。
(彼女たちではなく、わたしが一方的に抱いているのだけど)

(わたしの故郷に対する違和感は、幼少期、名古屋から
ここに転校してきたときから始まっているのかもしれない。
生まれは北陸だけど、おチビのときは名古屋にいたの)

           *

尋常なく、交友関係を閉ざしている。

それは自覚している。

友人を保険的にとらえるのは、大嫌いだ。
(友人の数を減らしたくないから、気が進まなくても
「自分の友人数の確保」のために付き合うとか
そういう人は苦手)

わたしだって、将来の孤独への不安がゼロなわけではない。

でも、だからといって
孤独リスクを減らす目的で友人関係を維持するのは
わたしの選びたいスタイルではない。

金沢に住民票を移して十年が経ち
新しくできた友人が何人もいてもおかしくない
(いやむしろいないほうがおかしい)
のだろうが、現在(当地の)友人ゼロ。

短期の派遣などで知り合って
少し仲良くなった人もいたが、結局は
自分から遠のいていった。

かなりのプッシュをかけてくる人も
なかにはいたが、無視し続けることで
なんとか逃れた。

新しい人間関係を蓄積しないように努め
また、古い人間関係の多くを没しまくり

「なんて奴だ、自分は」(悲嘆)の思いがないわけではない。

           *

そもそも、わたしが「一人でいるのが大好き」なのは
相手がどうの、という問題よりも、自身の素質なのだと思う。

人に語る言葉がない。一般的な知識がほうぼうの分野で欠けている。
(音楽も、スポーツも、ハイブランドも、えとせとら・・・興味が低い)
わたしが、わたしの頭のなかだけで会話していることは
多々あるけれど、そんなの、ふつー、人にとってみれば
つまらん話だ。

つまり、わたしは、自分の異端さを、他者という鏡を見て
確認するのが怖いのだ。

そうか、そうかっ。

殻に閉じこもるのは、余計なストレスを浴びなくていいからだ
というもっともらしい理由もあるけれど

一番大きな理由は、「自分の異端さを直視して、落ち込みたくない」
ということなのだろう。

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