ともみ@ピクニック

三.偽の近道

なぜ、わたしを含め、人は「普通」へのこだわりを捨てきれないのだろう。

「普通なんてケッ!」と公言して生きている人の大半は
実はなによりも「普通」圧力に苦しめられているのだと思う。

(でなければ、わざわざ「普通なんてケッ!」と表明しなくていいわけで)

おそらくねぇ、「普通」って、自己承認のための偽の近道なんだと思う。

「普通」であれば、他者承認を介しての、自己承認を得られやすいもんね。

でも、それがほんとうの自己肯定感となり、満足を得られるか?
と自問すれば、100%のYESとは答えにくく

だからこそ、人は
普通像とおのれの実体の距離感に
多かれ少なかれ悩むのであろう。

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