ともみ@ピクニック

踏ん張り中

10月4日(火)

そうだよなー、最近は、心身調子の底上げが
されていることに慣れっこになっていたんだよなー
前は、「おおー、すごいぞ(健康な)自分」というのを
日々意識していたように思うけれど、そういうのは
もはや「標準」になり、多少の凹みも凹みとしない勢いで
ぐいぐいぐいっと、このところやっていたんだ。

人と比べてどう、とか、過去の自分と比べてどう、というのは
あまり賢い自己観察法ではないのかもしれないが
今は、「昔の自分と比べたら、こーんな辛さなんて、へっちゃら!
って、いうか、へっちゃら、の、への字にも満たない」くらいに思い
自分を慰め&励ましておこう。

二年余前から、調子がぐんと良くなったのには
たぶん複数のきっかけが絡んでいると思うのだけど

そのなかのひとつは、「自分を大切にする」というか
「しんどいものを宿したとしても、そこに意識が引っ張られない」よう
負の引力に乗らない工夫の積み重ねがあげられるかも。

辛い、しんどいときは、負の方向に転げ落ちていくことに
任せておきたくなるけどね、そこは「ぐい」っと踏ん張ることが
大事。

から元気を出すとか、偽って楽しいふり、大丈夫なふりを
するとか、そういうことではなくて、・・・でもまあ。そういうことも
時には必要だったり有用だったりだろう。ただ
それを自分に課すことはない、むしろ課さないほうが良いと思う・・・

自分のなかに宿ったものを、否定するではなく
過剰に肯定するでもなく、踏ん張ること、粘ること

つまり負の引力に乗らないよう、その場にいようとすることで
(その場にいて、嵐が通り過ぎるのを静かに待つ)
わたしはわたしの危機を小さくしてきたのではなかったか。

今現在に当てはめてみれば、しんどいなら、しんどいなりに粘っている
それだけでも素晴らしいではありませんか、自分! ということだ。

久しぶりに、大きめの不調が来ているな。

(この文の続きは、この文の冒頭「そうだよなー、最近は」につながる。
どこから読んでも始まりになり、どこで終わってもよい、そんな文のつもり)

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する