ともみ@ピクニック

アセンションなの?

「近年の選挙って、なんで周りの人たちの感触と違いすぎる結果なんだろう」と
吉本ばななさんがツイッターで発言しておられたけれど、まこと、わたしもそう。

(わたしの場合は、政治的なことを話す現実的な相手がおらぬので
まっとうだと思える人の意見を、ラジオやネットで知るくらい、つまり
自ら取捨選択の行為をした上での話なのだけど。

あまりにそこで見聞きする意見と、選挙の結果が乖離している。
こういうのを「少数派、井の中の蛙」というのかしら? 
( ↑ 今作ったコトバですけど)。 でもねー、どうしても、わたしは
わたしの見聞きする意見がかき消されていいとは思えないのよねー)



水曜日のカンパネラのコムアイちゃんは
「私の入れたヒトは余裕で当選したので、こんなことなら
別の(一番手ではないが、応援したい)ヒトに票を入れればよかった」
と深夜ラジオで語っておった。



参院選の結果だけじゃなく
あんなことも、こんなことも、どうして
ことごとくといっていいくらい

わたしにとっては、謎! 世紀末的! な
不思議すぎる、はっきりいってしまえば
応援したくないほうに動いているように見えてしまうのか。

パラレルワールドの、たまたまコッチ側に
今この日記を書いている自分がいるだけなのか?

(どこかに、アセンションにのった自分も存在する?)



わたしだって、もちろん清廉潔白なわけじゃなく
どろどろ悪魔的な部分はあるし、いじけるし、ねたむし
ひがむし、どーしよーもない所がいっぱいあるけれど

このごろの世の中で目立つ様々なカタチを見ていると
あまりにも「まずくないですか?」と思う。

ここまで、危ないことが突っ走るの!?って。

(もちろん、そうとらえる、わたしの目が悪魔に犯されていると
とらえることだってできる。そもそも善とか悪とか正とか誤とか
判断しちゃう、ものごとを区切って見ちゃう時点で、マズイのか)



これを書いていて、あたらしい視点が。

選挙の結果や、政治の中心部にいる人の言動や
それから大手マスメディアを通して顔をだす
世間というものは、わたしにとって
謎だらけな様を見せているけれど

それと正反対に

わたし自身の身辺は平和であり

また、ラジオやネットの向こうには
共感できる、信頼したくなる人たちが
大勢いらっしゃる、精神的には心強い状態なのだ。

この二極化は、アセンショの一種なのか?

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