ともみ@ピクニック

幼いグチ

ラジオのゲストの人が

「地方は雇用がないから人が減る、と言われがちですが、必ずしも
そうじゃないんですよね。“思うような仕事がない”との理はあるけれど
ならば“都会では思うような仕事があるのかっ”というわけです。

雇用以上に、地方そのものに魅力がない、という問題がある。
ならば、どうすればいいか、というと、たとえばカフェをつくるとか
いいんですよね」

と話しておられ、番組の女性アシスタントが
「カフェ、いいですね~。女子はカフェ好きですから」と反応しておった。

(この切り取り方では、あまりにも唐突感があるな。
実際の話の流れはもうちょっと細部の道筋があったか)

                *

確かに、「仕事がない」ことを、地方の人口減少の原因のように
あげられることは多いと思うが、実際、地方には全国的に
知名度が低いけれど、がんばっている企業がたくさんあるし
内容さえ選ばなければ、それなりの求人数はあるのだろう。
(でもやっぱり選択の余地が少ないのは、人によっては辛いよね。
また、賃金は、都会とは比べ物にならないほど低い)

だから、わたしも思うのだ。

地方からどんどん人が減っているのは、雇用だけじゃなく
消費や文化の分野での魅力が少ない背景もあるのだと。

また、「仕事がない」という言葉の裏には
田舎特有の人間関係のしがらみや風習、そんなものから
解放されたいのじゃ、わしは!の気持ちが隠されている
場合もあるのじゃないかしら。

(「仕事がない」の一言で済ませれば、地方の魅力のなさとか
田舎の視野の狭さとか、当地の方々に失礼にもあたる
波風立てそうな言葉をいわずに済むからね)

                *

わたしが子供の時代も、消費文化はかなり均されていたと思う。
(田舎の人間にはお店や商品の選択肢は少なく、流行モノへの
圧力だけは強かった)。

今は、それがますます加速している印象。
(地方の商店街の壊滅はすごくって、子供も大人も娯楽を楽しむには
郊外の数少ないショッピングセンターに行くしかない、という具合で)

かつて東京の下町に暮らして、一番わくわくしたのは
商店街の充実だったなぁ。

(たとえば東十条。その名の商店街はもちろん
赤羽や十条などの商店街にも歩いていけて、それはそれは
にぎやかで、面白かったなー)

そして、ちょっと背伸びをした買い物をしたいときは
都心に出れば、いろんなお店があって・・・・、こんな経験は
田舎の生活者にはまずできない。

わたしは思うよ。都会と田舎の格差で一番大きいのは
暮らしの風景だ!と。

(いくら情報化社会で、地方と中央の差が縮まったとはいえ
「街を選び、道を選び、ショップを選ぶ」ような消費を楽しめる都会と
「ほんじゃ車飛ばしてショッピングセンターに行きまひょ」の田舎では
すこーしずつ、じわじわと、マインドが変わってくるのである)

自然の豊かさは代替のない価値があり、そしてまた
街の賑わいは「消費を超えた」意味をもつのだな。

                *

地方に人を集めるために「カフェ」という案は、あまりに
短絡的というか、イメージ先行のような気もするけれど

まったく否定する気にはならない。

わたし自身が、外で珈琲タイムをするのが好きだから。

前に、「田舎はいやだ。珈琲ひとつ、飲むところがない」と
ある人に言ったら、「おうちで飲めばいいじゃない」と返された。

そういう感覚の人もいるのですね。

ふーむ、なるなる。

わたしにとって、(特に窓のある)珈琲屋さんは
ひとりだけどひとりじゃない、個人の空気を守りつつ
お店の人や他のお客さんの息遣いも感じられる
屋外も店内も自身の内的世界も一緒に味わえる

いわば、時間をお金で買っている
空間をお金で買っている

実際の飲食以上の価値ある場所なのだ。

(ちなみに、わたしは、匿名性を多いに欲する。
村に一軒の珈琲屋で、身元ばればれ、なんていや)

                *
以上、幼いグチである。


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