ともみ@ピクニック

わたしの乗りたい船

選挙から、一夜明けた。

日記の時制に割り込んで
選挙の結果の感想を書いておく。

   *       *       *

世界は、やはり、ますますどんどん割れているのだろうか?

だとしたら、わたしは、わたしの望む船に乗ってゆきたい。

そんなことを、いつになく、強く思った。

遠くの世界では、(選挙が終わってから急にという感は否めない)
「改憲のための3分の2」という文字がいまさら踊りだした印象だ。

けれど、とてもとても心強いことに

わたしの考える「まっとうな」方々が相変わらず
ラジオやネットというかたちではあるけれど
わたしのキャッチできる場所にいて下さるし

どこかを選んで、実際に動き出さないといけないならば
こういう方々と一緒の船に乗りたいと、迷いゼロで思うのだ。

(仮定形の話にしたけれど、実際に動き出しているのかもしれない)。

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野党の、特に民進党の評価は、分かれるところだろう。

個人的に今の民進党の良さはまったく伝わらないけれど
「与党に票をもたせたくない。消去法としての、一票」に
助けられたことを、民進党さんにはもっと自覚をして欲しい。

(選挙当夜のラジオで、民進党の党首の、あまりの反省のなさは
「ここ数年があまりに最悪の事態だったので、今回はむしろ状況好転」と
とらえているからだろうという指摘があり、なるほどと思うのだった)

野党共闘をうたう前、そしてうたったあとも
民進党の煮え切らない態度はなんなんだ! と思わざる終えない。

(民主、いや民進党の本質が、実際は共産よりも自民党寄りだからであろう)

ちきりんさん(荻上チキではないぞ、ちきりんだぞ)は
< 民進党は、「もう僕たちは政権奪取は目指しません。だから
安心してください。これからは“確かな野党”として頑張る所存です!」
って言って戦えば、次の選挙ではもうちょっとマシな結果にできそう>
と仰っており、https://twitter.com/insidechikirin
なるなるなる~と頷かされる。

ここにこそ、民進党の意義があるように思われるな。

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これは選挙前のことなのだけど、茂木健一郎さんが
(茂木さんのツイッターは毎日拝読しております)

<いつの頃か、「批判だけでなくて、代案を」というようなことが言われるようになった。誰がどう言い出したのかわからないけれども、おかしな話だと思う。批判と代案は独立であり、批判は批判で大切にきまっているからである。> <中略>

<批判は、カトリック教会における「悪魔の代理人」に似ている。提案されたある政策に、どのような欠陥があるのか、矛盾があるのか、岡目八目で検討し、批判する。そのために野党があるのであって、批判のない野党はない。>

<そもそも、野党に相当する英語は、oppositionである。最初から、与党に対立するものとしてそれが前提とされ、期待されているのである。そうでなければ、野党の存在意義がないと言えるだろう。野党に対して、「批判よりも代案を」というのは、議会制民主主義の本質を知らない人だ。> <中略>

<諸外国に比べて、日本の野党による与党の批判は、むしろ、まだまだ生ぬるい方だと私は感じる。これは、日本人気質によるところが大きいのかもしれない。日本の政治に必要なのは、代案よりも、むしろ、より本質をとらえた、容赦ない批判の方だろう。>

と、仰っていたな。

わたしも、時流にのって
「代案がないなら批判するな」という圧力に押されそうになって
いたけれど、批判は批判として存在してもいいのだ!と
勇気をもらった。

それにしても、今回、野党の票が(わたしの期待するほど)
伸びなかったのは、国民を熱くするような代案を出せなかった

・・・与党にしても、野党にしても、反対勢力の悪口をいうだけで
本質をつく批判になっていなかった部分が大きいのだろう。
・・・三宅さんとか、太郎さんとか、まっとうな批判もあったのだろうけど
彼らの声は、マスコミという拡声器においては抹消されてしまった印象。
・・・本来、“熱い物語”を語って、票を得るなんてのはイカサマ的かもしれないが
ここまで政治や経済が停滞すると、多くの人が、“熱い物語”を欲してしまうのだ・・・

からというのは誰もが認めることだろう。

しかし、なぜ今、代案が出せない時代になっているのか
それを有権者自身も考えて、代案が出せない野党を見ることが
必要なのかもしれない。

(わたし自身、まだぜんぜん分かっていない分野だが)

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若者の票が、けっこう、与党に動いたらしい。

老後どころか、5年後10年後の自分が
「ちゃんと、おまんま食べられるかどうか」不安だから
ここはとにかく、アベノミクスとやら呼ぶらしい
経済期待策にかけておこう、ということなのかしら。

ここには、脅しの文化が効いている、としか
わたしには思えない。

自民に入れるのは高齢者で、若者が票を投じると
“現状打破”の票が伸びるというのは、幻の見立てだったのか。

しかし、しかし。

すでに多くの方が指摘されているだろうけれど
選挙前に、ちゃんと争点を明らかにしていたら
(党首討論を、ことごとく、与党が避けていたのよね。
ほとんど争点の見えないままの選挙であった)
(つまりはマスメディアの本来の仕事が行われていたならば)

違う結果も見えたのではないか? と夢想してしまう。

(夕べのラジオでも、自民の党首、むちゃくちゃだった。
当初ラジオ出演はしない、と仰っていたそうだが、やっと
OKしたと思ったら、ニッポン放送による代表質問のみで。
しかも、その内容、まったくキレイにアレンジしたものであった)

   *       *       *

ちきりんさんのこの意見には考えさせられる。
https://twitter.com/insidechikirin

<「憲法なんて変えなくてもいいよ」と思ってる国民はたくさんいるけど、
「憲法改正絶対反対!の人達とはできるかぎり関わりたくない」と思ってる人が
その大半を占めるため、憲法改正阻止派が主流になることはないでしょう。>

<まったく同じコトが原発でも言える。原発なんて止めたほうがいいんじゃない?
って思ってる人はたくさんいるけど、原発絶対反対派の人とは何があっても関わり
たくないと考える人が多すぎて、反原発運動が国民運動になることはないって話。>

わたし自身、なにかに青筋立てて発言している人は苦手。

これは、日本人の多くがもっている遺伝子なのか?

いくつかの論法が、もっとマイルドに人々に浸透すれば
違う動きもでてくるのではないかしら。

(たとえば、シールズやママの会にしても、表面的なことしか知らず
一部の報道だけを見て、毛嫌いしたり、距離をもっている人は多いだろう。

わたしも、ほとんど理解していないので、距離を置いた心象ではある。
だが、実際は、組織の側の問題というよりは、それを受け止める
「わたし自身の」問題なのだと思う)

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改憲に関しては、色々、ごちゃまぜになりすぎているな。

もっと整理された上で、国民の議論に乗ることが
必要なのかな~とは思う。

どなたの意見だったか、ごめんなさい覚えていないのだけど
「自民のなかですら、戦争したい、と思っている人は
そうそういないと思うよ。あわよくば、そっちの流れにいって
おいしい蜜を吸いたいだけで、本当に戦争したいと願っている
人はほとんどいないんだ。心配なのは、そっちの気配に
波乗りしてるうちに、おいしい蜜を吸うだけのつもりが
うっかり、ほんまの戦争になってしまうことなんよ」

というようなことを過日仰っている方がいて
すごく真理ついている、と思ったっけ。

「改憲=9条撤廃」なんてのは、一部の大声であり
いくらなんでも、却下を目に見るような発議を
かの党はしないであろう。

もっと、姑息な手を使ってくるのでしょう。

(かの改憲草案は、近代市民意識をもっている人ならば
誰が読んでも、お口あんぐりだろう。きのうの選挙で
自民に入れた人には、かの草案の中味をどう思っているのかを
尋ねたい。ま、わたしだって、部分的な引用しか知らないけど。

ちなみに、先週聞いていたチキさんのラジオでは
自民と組んでいる党の議員さんが、かの改憲草案の質問をされ
答えられないどころか、はじめて知りました、とマジ告白していた)

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東北や、沖縄の、選挙結果を見ると
「当事者となる」ことの重みを、想像しやすくなるのかも。

ふーっ。

生きている人間の願いを
乱暴に公約すると、「お腹を満たしたい」
ということになるのであろう。

だから、目先の、あるかもしれない
おこぼれにすがる気持ちを非難はできない。

理想は理想として、今は棚の上に上げて
「どうすれば自分や家族が飢え死にしないか」を
優先しようということは、誰にも責められない。

だけど、民主主義の表面上の“多数”の論理が
そっちに走った結果、今の東北や沖縄があるのだよな。

(農協票も減ったらしい。農民は、いまや夢を見る
余裕すらなく、現実を直視されられているのかしら)

わたしだって、明日のおまんまをつられたら
悪魔に心を売るかもしれないもん。

     *       *       *

石田純一さん、ずっと前から好感をもっている。

(トレンディードラマに出演していた頃は、イメージに押され
まったく興味がなかったけれど、その後の、なんちゅうのでしょう
いじられキャラになってから、彼の生い立ちなどを知り、また
彼の愚直な正直さを垣間見て、とても好きになりました)

東京都知事の立候補の意思を表明した際
彼にはもっと違う器があると思ったし、そのほうが
彼自身のためになると、おこがましくも思った。

しかし、石田さんが今回投げた一石は
とても勇気のある行動だと尊敬するし
(今の芸能人で、ここまで出来る人、いるだろうか?
本来その役を追うべきだろう職業の、お笑い界の
大御所すら、だんまりを決め込んでいる時代だ)

出馬をしないと表明したあとも、もちろん
わたしは、石田さんのことを応援します。

(参院選と都知事選、違うもんやん? という意見もあろうし
たまたまのタイミングなのかもしれないが、参院選前に
石田さんがああいうカタチでメディアに出たことには
なにかしらの意味があった、と、わたしは思うのです)

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選挙区の、云わんとすることはあるのだろう。

けれど、地方の有権者(わたし)からすると

消去法でしか投票できないともいえる地方に対し
大都市の選挙区を見ると、たしかな選択の幅があり
うらやましい。

「比例」があるから、いいじゃない?
そんなレベルではないのである。

   *       *       *

以上、選挙から一日たって、思うことを
わ~~っと書いてみた(酔っ払いつつ)。

時間をかけて考えるともっと違う考えも
出てくるかもしれないけれど、ひとまず
「今の自分」の感じることを、アップ。

(これを読んでくださった奇特なお方には
お姿は見えませんけれど、正座して頭を下げます。
いや、うそ、実際にそんな行為は致しませんが
それに負けない感謝の気持ちを捧げます!)

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