ともみ@ピクニック

盆栽ネグレクト

7月7日(木)

あれはなにを扱ったときだったのか
忘れたが、TVの趣味の園芸の先生の
「夏至までに植え替えを済ませましょう。
夏至まではね、多少のことをしても大丈夫なんです」
という言葉がアタマに残っていたのになぁ。

すべての一斉の植え替えはムリだろうけど
(なん盆栽&鉢物で三桁ほどあるからね)
今年こそ少しずつ、と、思っていたのに。

とっくに夏至は過ぎ、猛暑の続く日々・・・。

はぁ。

この頃、庭のパトロールをしていて泣きたくなることが
よくある。

誰か助けてくれ、と、思う。

(去年、庭木の剪定に来てくれた職人さんたちは
ご自身も盆栽の経験があるそうで
「これだけの盆栽を世話するのは大変だ」と仰っていた)

(もちろん、わたし一人で世話をしているのではなく
普段、わたしの留守のときは母が水遣りをしてくれるので
それが一番の大変なことなのだろう)

年月が経つごとに、盆栽の数は減り
生存してくれている盆栽だって
もとの樹形のままのものはほとんどなく
ほんとうに可愛そうなんだ。

いや、可愛そうは、あまりにヒトゴトだよな。

「父亡き後、ここまで盆栽を保っている」という見方も
できるのではあろうが、正直なところ、わたし自身は

盆栽におけるネグレクトだと、感じているんだ。

何年も肥料をあげていないし、根っこの世話をしていない。
(おそらく、纏足を履いたような、ぎゅうぎゅう苦しい状態)

今現在も、「危なそう(頻繁に葉が枯れる。都度、その枝を
鋏で切っているが、枯れの連鎖がまだ止まらない。
となると、これは根っこの問題なのでは?と推測)」する
わたしの肩ほどの黒松の大盆栽をはじめ

心配なものが、数個ある。

(これが最近の泣きたい気持ちの大元なのだな)

今日も、どうしよ、どうしよ。の気持ちを抱えながら
庭のパトロール作業で時間を過ごしたのち

夕方遅くなってから、ダメもと精神で
(このままでは今夏を越えられない可能性だってある。
それなら、一か八かにかけてみよう、と)

大部分が枯れてしまい、わずかに葉を残す枝から
「おそらくサツキ」と、「おそらくボケ」と思われる鉢の
植え替えをしてみた。

(ごめんね。あとは君らの生命力に祈るしかない)

どうしてなのか分からないのだけど
水遣りや、草むしりは、たのしくて好きなのに
植え替えや、肥料をあげるのは、途方もなく
精神的な負担を感じてしまい苦手なのだ。
(なにかを怖れているのかな?)

特に、何十年、あるいは百年越しているかもしれない
盆栽の積極的な世話をすることが、恐いのだよな。

でも、いつまでも、そんなことをいっては
いられないのだ。



今日のカレーは(皮をむいた)キュウリを大量に入れ
調理に水は一切使わず。

せっせ、と、キュウリ使ってる。

「生のまま」は量にも限界があるし、飽きるので
最近は、皮をむいて、冬瓜の変わりに使用。

キュウリだけでなく、茄子とか獅子唐とか
「冷やした、野菜の煮物」のおいしい季節だ。

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