ともみ@ピクニック

人生の寝ぼけごと

真夜中、なにかにトリツカレタかのように
ぐちぐちぐち・・・っと、不満の事々を文字にする。

(あのブログはおそろしくて、自分で読み返せないなー)

そして、それを見ている、もうひとりの自分。

人格乖離とかじゃなくて
「これだけの不満を一気書きする熱があるのかぁ」と
冷めた場所で思う自分もいるということ。

また、格の低い愚痴だなぁとも同時に感じているので
(しかしはたして格の高い愚痴なんてあるのだろうか?)
これをアップするのは、恥ずかしいことだとも思っている。

住まう家屋があり・・・
大量廃棄する無農薬野菜・・・・
昭和ヒト桁生まれの母は元気で・・・
わたしの愚痴なんぞ、贅沢な人生の寝ぼけごと、と
「常識」からすれば、なるのであろう。

でもなぁ、わたしは、自分を贔屓した感覚を
たっぷんたっぷんもっているので

「これくらい大目に見ろよー」とか
「恵まれた話じゃないかー」とか
常識的な総合判断をして、自分の器の小ささを
反省するなんて出来ない。

「常識ではおさまらない」感覚とは、すなわち自我?

たぶん、これが生きているということ。
(生きているわたしの醜い物語)

どんな世界に生きていても、おもしろくない事
不満・不快に感じることはあるだろうけれど
わたしの場合は、社会的に閉じた暮らしをしているので
愚痴めいた目がよけい身内に向かうのだろう。

呪いは、自分が自分にかけているのであり、つい
愚痴の矛先を環境や周囲のヒトにもっていきたくなる
けれど、ほんとーは、それを解く鍵はわたし自身が
握っているんだよね。

未明から書き始めた愚痴、書き終わったら
空がすっかり明るくなっていた。

(これは都合のいい解釈なのだけど、日頃の不満を
吐き出して、次のステップに行きたい自分がいるのかも)

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