ともみ@ピクニック

命が自分を生きている

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『「死」の育て方』 中沢正夫・著

タイトルにことさらの興味があったのではなく
椎名誠さんの主治医(精神科医)とは
どんなお方なのかなーの興味から読みはじめた。

後半あたりになって、「けっこう、面白い本じゃないか」
という確信が。(たいへんエラそうな感想ですな)

死というよりは、著者のかかわった
様々な人の生き様(つまりそれは死に方)が描かれており
興味深く読みすすめられたのである。(ほんとエラそうな感想だ)

ところで、わたしは以前より
自死について肯定と否定の両方の考え方をもっている。

正直、どちらが絶対!とはいえないのであるが

平素は否定派にボリュームがあるかな。

「調子のいいときは命を浪費して、しんどくなると死にたくなる」
というのは、おかしいのではないか?

人間関係が上手くいかないとか、生活苦だとか
健康に問題があるとか、さみいしとか、老いたとか
えとせとらえとせとら、自分に都合のいいうちは当たり前のように
生を楽しんでいたのに、自分に都合が悪くなると
とたんに「生きること」の価値を切り捨ててしまう発想が
嫌いなのだ。

上手くいかないのも、しんどくなるのも、生の一環じゃろう?と。

しかしなー、この本のなかで幾人か
自死を選んだ人のことが書かれており、それを読んでいると

自死というのも生き方のひとつなのかもしれないなあ
という考えの比重が大きくなってくる。

「残された者の身にもなってみろ」という言い分で
自死を否定する考え方があるけれど、わたしは、それ
どうかな?と思う。

残された者、とくに自死遺族の苦しみは計り知れないけれど
それはそれ・・・というか。

人は、家族でなんであれ、誰かのために生きているのではない。
(そういう理屈をつけたほうが生きやすいけれど)

どんな人も、自分の命のために生きているんだ。
(あるいは、命が自分を生きている、ともいう)

「生きるための自死」って、あるのかも、と思う。

矛盾しているでしょ! とツッコまれそうだけど
わたしには、その人が、その人の生を生きるために
自死を必要とすることもあるのじゃないかしら
と考えるのである。

なお、この本の出版は1991年。
執筆は五十三、四歳の頃らしい。

四半世紀経ち、八十手前になった
著者の死に関する心境も知りたくある。

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