ともみ@ピクニック

言葉という救い

インターネットの世界に触れられる現代は
なんて幸せなのだろうと、これまで
いくど思ったことだろう。

たとえば「いばや通信」を知ったのは
インターネットのおかげだし
そこで語られる言葉に、わたしは
どれだけ勇気をもらってきたことだろう。

言い換えるならば、私を支えてくれたものは「自分のこころ」になる。自分のこころを言葉にする。自分の言葉に自分のこころは励まされて、自分のこころは、再び「自分の言葉」を生み出していく。この、繰り返しの営みが自分の内側に無限の熱量を生み、自分自身を回転させるほど、空間に『不思議な磁場』が発生する。この磁場が何なのか、私はまだ何も知らない。私はまだ何も知らないけれど、ただ、この『不思議な磁場』の力によって自分は生かされているように感じている。(2016年5月13日付「いばや通信」 http://ibaya.hatenablog.com/

わたしの近年を支えてくれているのは
(順不同)先祖、親、毎日のごはん、おやつ、お酒
庭(ごくごくたまに畠)仕事、季節の移り変わり
行き着くところは同じことが語られているように思う精神哲学
そして坂爪さんのようなネットの向こうにいるけれど
そっと勇気を与えてくれる人の存在。


もちろん、言葉は危ない武器でもある。

  *       *       *
その反面、人間だけが「言葉」を「言刃(ことば)」にして、
ノイローゼになったり、自殺までします。
それは「言葉」であれこれ考え過ぎることが原因です。

それでは「文明社会」に楽しんで生きる秘訣は
どこにあるのでしょうか。

それは、言葉でいろいろ考えることを少なくし、
「からだ」がわかっている生き方を知ることにあります。
それには、毎日の生活や仕事に黙々と眞心を注いでいることです。
(『御誕生寺』第63号、板橋興宗老師)
  *       *       *

わたしに必要なのは、「からだがわかっている生き方」に
もっと近づくことなのだろう。

同時に、危なくはあるけれど、まだまだ「言葉」というものを
わたしは求めているのだ。

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