ともみ@ピクニック

例えば「貧乏」という釣りワード

これは過去に何度か書いてきたことであるけれど
自分への戒めのためにも、また書いておこう。

とてもとても狭い世界の喩え話であるが

仮に、ネット界隈に見た場合

しかるべきエリアに行くと、「貧乏」という単語が
読んでくださる人を誘うキーワードになる。

たとえば、「こんなに貧乏なんだぞぉ」と日々の
生活をせきららにしたり、ひどいのになると
「貧乏、孤独、不健康」の3大自慢のような、いわゆる
貧乏を釣りにした、キャッチ・タイトル。

わたしも、そういうものに釣られたことがゼロか?と
胸ぐら掴まれて問われたら、「ありますぞぃ」と素直に
答えるしかない。

しかーし

もしも貧乏を脱したいと思うのならば
そういう「なぐさめの世界」からは距離をとったほうが
いい、と、わたしはなにげに学んできた。

見栄を張れ!! という話ではない。

貧乏ならば、貧乏な他者の話を・・・
愛に飢えているならば、愛に飢えている他者の話を・・・
自殺衝動にかられているならば、自殺を考えている人の話を・・・
知りたいと思うのは当然であるだろうし

それによって、癒される部分は、ある。

けれど、それはその場限りの慰めというか
まぼろしの「自己肯定」をするための材料というか
残念な場合は(現実には残念な場合が多い)

「こうはありたくない」「こういうのから脱したい」と思っている
状況に対して、逆に、現状を維持させるための力を与えるのだな。

めちゃ、ありふれた例を書くと
「金持ちでもないし、養ってくれる人もいないし、とっても孤独なんだ」
なんて、自己憐憫の愚痴を綴っている場面には

同類の人にとって、とても強力な磁石として働くけれど
そういうものに引き寄せられているうちは

ますます、自分を「こういう状況から脱したい」と思っている世界に
縛りつけるのだと思う。


えーっと、以上、自己確認のために書きました。

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