ともみ@ピクニック

九州さま

さすがの鈍なわたしでも、今回の地震で
気持ちが平坦モードにいるわけではない。

木曜の地震で、Kさん大丈夫かな?
と、まっさきに思ったし

続く金曜夜の地震で、南阿蘇が大変なことに
なっていると知り、心配が膨らんだ。

最初の地震のときは、(今、安否も尋ねても
迷惑だろうから)、少し落ち着いた頃に
ハガキでも出してみよう・・・、きっと大丈夫なはず
と、のんきに考えていたのだけれど

被害を受けた土地や家屋のテレビニュースを見ていると
とても郵便物なんて届く状況ではないかもしれない
・・・どうしたら、いいんだろ、と途方に暮れてしまった。

そんなことを考えていると、ずっと連絡をとっていない
古い友人も(引っ越していないのなら)熊本にいるのだろうし
博多のTちゃんのご実家は大分だし、そういえば
あの人、そうだ、あの人も・・・、と、九州に住む、あるいは
九州にご実家をもつ、かつての知り合いたちが浮かぶのだった。

「阿蘇に知り合いがいるんだけどなぁ」と呟いたら
母に即効「電話してみたら」と言われたけれど・・・。

たしかに、電話をする、連絡をする、という行為は
「あなたのことを心配してますよ」という素直なアピールであり
互いにとって好ましい行為なのかもしれないけれど

わたしが自意識過剰なのだろう、日頃頻繁に連絡を
とりあっている相手でもないのに、こういう大災害があったときに
てきぱきと連絡をするというのは、自分の感情を解消する行為
つまりは「良心の押し付け」、つまりは自己満足のような気がして
気軽に連絡がとれないのである。

ましてや、相手の今おかれている状況が分からないのだから
・・・手一杯にやることがあり、負担になるかもしれないし・・・。

(でもなあ、わたし自身、かつてこういうときに
安否を気遣うメールをもらい、嬉しかった経験はあるからなぁ)

ともあれ、地震の一報のときに想像した状況よりも
さらに大変な事態になっていることはたしかで

今日は草むしりをしながら、「もしなにかをするにしても
顔の見えない誰かのためよりは、まずはKさんの状況を確認して」
などなどと考えごとを。

現実的に、今すぐにわたしができることはないのだから
もう少し時間をおいて、Kさんに連絡をしてみよう。

・・・・以上、土曜日の話。

その後も、震度5レベルの地震が続いており
かの地はますます大変になっているようである。

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する