ともみ@ピクニック

さきちゃんたち(後)

『鬼っ子』より、一部引用。


ここに住んだのもなにかの縁だ、私は、有名にもならなかった、人にも好かれなかった、家族ともどうしてもなじむことはできなかった。優しい言葉を人にかけることも、多くの人と会ったり食事したりすることもできなかった。体も強くないから、同じ時代にNYにいたのにオノ・ヨーコや草間彌生にもなれなかった。すごい作品も創らず、ただ生きて死んでいく。でも、だれも見ていなくても、鬼が見ているし、木も空も、神様も、私を見ているのだ。なにかとよくしてくれた黒木さんのためにも、できることを静かにやってから死のう。そのために残った時間を全部使おう。何かもっと大きなものが、偉大なものが、きっと私の命を見ていてくれるはずだ。/おばさん・・・・・・とつぶやいたら、優しい気持ちになって、闇の中の渦に背を向けて、私は目を閉じた。わざわざ見なくてもいいや、そう思った。/知っている、そうではないものがとても多いことを。/世の中は毛布や愛や笑顔や支えや美しい景色や透明な夜露や甘い色の花びらだけでできているのではない。/あの渦のようなものはあらゆるところにいろんな形で混じり、まみれている。/でも、おばさんがいたら、この夜もこわくない。/だって、おばさんは、鬼といっしょに自分も鬼になって、そのふたつの世界を遠く超えていったのだから。あくまで善なるものであろうとして。

(よしもとばなな『さきちゃんたちの夜』収録68~69頁「鬼っ子」より)
改行は「/」で代用してあります。


なんとなく目が覚め、手元のゴーリーの本を開いた。/一ヶ所だけ、印がついているところがあった。小さな星印だった。/「わたしたちは皆、何らかの方法で現実を避けようとしながら人生を送っているんですから。わたしはつねに、かなり強い非現実の感覚を抱きつづけてきました。他の人たちの存在の仕方は自分とは違うらしい、とね。他の人々の人生は意味で満ち満ちていている、といつも感じるんです。誰かを道で見かけると、彼らの人生はとてもリアルに違いない、と思ってしまう。もちろん、実際はそうでないことも分かってはいますが。」/おばさんの目がまた私に重なった。/ひとりぼっちの家で、迫りくる渦を感じながらひとり闘いの生涯を送っていたおばさん、今、ここで私が気づいたからもうおばさんはひとりではない、と思った。時差はあるけど、ひとりではないんだよ、と。

(よしもとばなな『さきちゃんたちの夜』収録72~73頁「鬼っ子」より)




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