ともみ@ピクニック

時間薬

しかし、まぁ、時間薬がゼロなわけでは
ない。

怒りの感情を持ち続けることに
ようよう疲れてきたからなぁ。

そもそも「自分=正しい」で「対象=悪」というのは
わたしのどうしようもない感情が生み出した
逃げの構図ということを、知っているしなぁ。

この間、頭で考え事をしないようにしていたが
学ぶことはあったと思う。

わたしは日頃、「罪を憎んで人を憎まず」思想を
もちたいというかもっているつもりでいたけれど
自分が弱りまくっているときは、そううまくはいかない
もんだ・・・・

大きく話がズレるようであるが
たとえば死刑制度にわたしは反対で、よくある反論
「己の家族が殺されても、同じことがいえるのか」に対しても
「ええ。いえると思います」と心の中で答えていたけれど
いやいや待てよ、今回の経験で、自分の心のなかが
「なにかとんでもないもの」に占められてしまったら

うーん、「それでも死刑反対」という自信は揺らぐかもな・・・

と、実感として知ったり。

それから、負の感情は自分を蝕むという黄金率も
ど~っぷり体験しまくり。

これまでも知識としては知っていたし
軽い体験は幾度もしていただろうけれど
ここまで、ど~っぷりってねぇ
なかなかない。

(ここには書けないレベルの悪魔を心のなかに
囲っていたのです。そして結果、自分自身が
とても困ってしまうほど病んでしまった)

ところで

時間薬という言葉があるけれど
なにも時間が解決してくれるのではなく
モノの見方が変わったに過ぎないのだ
というような話をどこかで読んだことがあり
その通りだよなぁとは思うものの

情況は時間を費やして変化を見せるというか

凡人は、「身をもって感情を味わう」という
時間を使っての経験をしないと
なかなか視線を緩ませることが難しい
ときが多々あると思う。

ぎゅうぎゅうに固まった視線は
「為になる教え」とか「客観的な見方」だけでは
なかなか解けないんだ。

(理屈で、「これは宜しくないよな」とか
「客観的に観ればNGな捉え方だ」と分かっていても
いったん芽生えた考え方からなかなか離れられない)

時間そのものが(喪失とか怒りなどの)感情を
解決してくれるわけではないけれど
やっぱり、「時間薬」って呼びたい事象って
あるのだろう。

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