ともみ@ピクニック

影を生むのも照らすのも自分

どれくらい心が荒れていたかといえば

世界を「極楽、標準、地獄」でとらえてみて

地獄の入り口を越えた辺りだったのだと思う。

地獄の丁を進めば、その先には
「無差別殺人」のような、ひょえーっとした
魑魅魍魎の活躍する世界なのでしょう。

わたしが普段、正論をかざす“社会適合者”よりも
罪を犯した人間にしばしば肩入れをしてしまうのは
「罪を犯すにはそれなりの理由がある。罪を犯している者が
一番苦しんでいるのだ」ということを、常にうっすらと
感じているからなのかもしれない。

わたしは、地獄から、極楽に向かって
手を伸ばしている人間なのだろうか。

まったく卑下はしてませんぞ。

「地獄から、さらなる地獄に手を伸ばしている」者よりは
感謝の祈りダンスをしたくなるほど、ラッキーだと、喜んでいるのだ。
(こんなところで「比っこ」するのは情けないけれど)

わたしの生涯は多方面で恵まれていると思う。

ただ、恵まれた環境のなかで、そういうポジションなのかなーと
思うだけ。

(恵まれているというのは、とても現世的な価値観であり
また「そういうポジション」とはいっても、俯瞰してみれば
「極楽、標準、地獄」に上位下位や良し悪しはなく、ただ
そういう地点なのかなーと思うだけ)

そしてね、ぱっと見渡すと
「皆は『標準』に安住しており、自分だけが『地獄』でもがいている」と
とらえたくなるけれど

一人ひとりに寄り添えば、誰もが「自分は地獄にいる」と
思う瞬間があるのだろう。


自分を照らすのは自分しかいない。

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