ともみ@ピクニック

やっぱり神様は自分のなかに

「お天道さまが見ている」とか
「自分がやったとことは自分に帰ってくる」
というのは、ほーーーーんとうなのですね。

(そうじゃないケースもあるよ、と、言う人もいるかも
しれないけれど、それは観察の規模が小さいのだろう)

わたしは、自分が生み出した考えや、放った言葉で
けっこう速攻に身と心を痛めてしまいました。


心の奥底には、いろんなトーンの本音があって
わたしもばりばりブラックな本音を囲っています。

無理にブラックを隠すのは、どこかで歪を生み出すとは
薄々知っていたけれど・・・・・・。

ブラックを、ぶっちゃけちゃうのもねぇ・・・・・・。

だって、ブラックって、深い沼のようで怖いんだもん。

どんどんどんどん、ブラックが出てきます。

それにつれ、どんどんどんどん、おのれが辛くなってきます。

だからこそ
ブラックな自分とは対極の、ある種の理想でもある部分を
(自分自身にも世界にも向けて)
演出しながら生きていくことのメリットを身をもって知りました。

演出は、おのれの正気を保つ力になる。

ブラックな部分も、それとは正反対の部分も
グラデーションとなってすべてを抱え込んでいるのが
自分なのだけれども

その焦点の当て方で、「今の自分」が作られる。

沼底を見ようとはせず、水面の上の光を探して
生きていくほうが、何倍もラクな生き方らしい。


ただし、これは「臭いモノにフタ」をする式な生き方であり
臭い自分から目を背けていては、いずれ(来世以降かも)
人生のなかでまた同様の課題がめぐってくるのだろうなぁ
とも思う。

一番いいのは、ブラックな自分とちゃんと対峙して
それを成仏させてあげる方法なのだろうけど・・・・・・。


上記の繰り返しになるが

1.ブラックは隠すだけでは歪になる
2.ブラックというパンドラの箱の怖さ
3.理想を生きようとする大切さ
4.溶かすしか、ほんとうの解決はなし
(溶かす=ブラックな自分との微塵の妥協もない和解をして
ブラック自体を葬るといいましょうか)

なんだよねー。

今のわたしは「4」を選択する勇気がないなら、せめて
「3」を少しでも取り戻してラクになるしかない(応急処置)。

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