ともみ@ピクニック

倒錯した野次

「倒錯した野次」というのは
ネット社会でほんとうに多くって
どーゆーこっちゃ!?と思う。

日々の不満がそこに噴射されていると
片付けるのは簡単だけど・・・。

極端な話、(でもこれは実際にどこかで見かけた話)
「雨が降り続いてイヤんなっちゃう」とネット上で呟いた人が
「雨不足で苦しんでいる土地があるんだぞ。バカヤロ~」と
倒錯した野次を飛ばされる。

(そんな野次を被った人は「ごめんなさい」と
わざわざネット上で謝ったり、今後、同じ目にあわぬよう
細心の注意を払うなど、萎縮することも・・・)

これに類することがあふれまくっている。

以前、雑誌(アエラだったかな)で読んでびっくりしたのは
「夫がいて、子がいて、仕事をもっている」女性には
「自分の人生に文句を言うな」プレッシャーがひしひし
あるとの話。

不満をもらすと、たちまち
「恵まれているのに、それだけのものを手にしているのに
何を贅沢云っておるのだ、けしからん!」と
周囲から厳しいムチが飛んでくるのだと。

実社会におけるプレッシャーの話だったと思うが、これは
比較的「棲み分け」の進んだSNS上でも見られる現象なのだろう。

はぁー。

まあ、以上に書いたことは、ネットでも匿名性の強い世界に限ったことであり
わたしのよく知らないフェイスブックのような個人の特定されやすい場面では
また違った世界があるのかな。

実名でも倒錯した野次はあるけれど
匿名の参加しやすい世界では、よりいっそう野次が参加しやすくなる。
(これを当たり前の現象という人もいるだろうけれど、わたし自身は
匿名の野次というものに参加したくはない)

また、その人が実名であろうと匿名であろうと
自分の生活や思いの断片をネット上であらわしていると
「傍から見たら幸せな環境にある」人は叩かれやすい現象を
当たり前のことと受け流していいのだろうか・・・。

(倒錯した野次の集約ともいえる、他者の「幸せ」を叩く現象。
これに反比例して、一部では「不幸の垂れ流しが加速」している
印象もあるけれど・・・。まあ、一部は一部にとどまっている限り
それをすべてと信じてしまいがち。それこそが不幸の源だよな~。
↑ と、自分自身に注意喚起を!!)


ああ~ん。

地球上のどこかは太陽が当たり、どこかは真っ暗で
でもそれは必ず時間が経つと逆転するのにねぇ。

倒錯した野次を飛ばす人は、真っ暗ななかにいて
太陽に当たった自分を想像できないのだろうか?


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