ともみ@ピクニック

「生きる」を共有

ひとつ下の続き・・・

以前、本屋で立ち読みした、ちきりんさんの本に
「タイトルにつられて来るのではなく、ちきりんブログが好きだからと
読みに来てくれるほうが嬉しい」というような話があったが
わたしも要するにそういうことなのだろう。

んー、エネルギー云々っていうのは決して嘘でない。
(低い波動でこのブログを読まれたくない、という、ひとつ下の話)

同時に、そもそものわたしに「拾い読みは嬉しくない」
「どの記事も、日々の流れのひとつとして読んで欲しい」
という欲求(わがまま)があるのだな。

そうだ、日々、読んで下さっている方ならば
各人そのときどきのバイオリズムで読んでもらうのは
まったくかまわないのだ。

元気なときは高いエネルギーで
不調なときは低いエネルギーでこのブログを訪れてもらい
(常に一定のエネルギーでいる人なんてあり得ないわけだし)

その対象であるわたしのブログ(日記)も
元気なときがあれば、メゲているときもあり
ちょっと背伸びのときもあろうし、ブラック心さらしまくりのときもあり

書くという行為、読むという行為、それぞれを通して

なんちゅうか、言葉で確認しあうことはなくとも
「生きている」を共有するというか
互いの大切なものを分け合っているというか

ネットを通して、そんなことができる気がするのだ。

つまり、わたしは、選択的に低いエネルギーを向けられるのが
イヤなだけであり
(=低いもの、暗いもの、ネガティブなもの・・・の匂いをかいで
近寄られるのがイヤなのだな)

わたしはブログ(日記)という世界をひとりで静かに掘って
そしてどこかの誰かもまたその人の温度をもって
そっと静かにその世界をなぞるという

「生きる」を共有したい気持ちになるときがあるわけだ。


ああ、以上を綴って、「自分」という生き物をちょっと納得 
(書くと、頭の整理になりますなー)


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